社内恋愛のススメ



控え室の1つだろうか。

家具すらない、余計な物が何も置かれていない空間に広がるのは、虚無の世界。


誰もいない部屋。

ここにいるのは、私と上条さんの2人だけ。



私の真後ろに立っていたのは、予想通りの人物。


艶やかな文香さんが着ていた色打ち掛けと対になっている、渋い色味の羽織袴。

初めて見る、上条さんの和服姿。


見慣れない和服姿の上条さんが、私を見下ろす。



ドクン。


上条さんという存在を認識しただけで、心臓が嫌な音を立てる。

嫌な音を立てて、軋み始める。


噛み合わない歯車みたいに、ギシギシと音を立てて軋む。



噛み合わないのは、歯車だけではない。


私と上条さん。

すれ違った2人の心も、見事なくらいに噛み合わないままだ。



「………。」

「や………!」


無表情の上条さんが、私を容赦なく突き飛ばした。



突き飛ばされた私の体は、呆気なくフローリングの床に叩き付けられる。


強く掴まれていた手が、ヒリヒリと痛む。

じんわりと痛みが広がって、私は思わず顔を歪めた。



痛い。

痛い。


痛いけれど、その感覚よりも勝るのは、恐怖。



上条さんの瞳の奥に、炎が見える。

揺らがない、強い炎が。


どこかで見た。

私、この瞳をどこかで見たことがある。



あれは、確かーー……



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