社内恋愛のススメ



破れたワンピースを、長いコートで隠して。


髪の毛も、乱れたまま。

殴られた顔には、きっと痣が出来ていることだろう。



ボロボロになった自分の姿なんて、鏡を見て確認しなくても分かってる。


パッと見たら、誰でも振り返る。

何があったのだと、そう思われる。

誰から見ても、何かがあった様にしか見えないだろうから。



「そんなんじゃ、ないんです。ただ………、ちょっと………いろいろあって…………。」


それ以上の言葉なんて、出て来ない。


何と言えばいい?

この状況で、どんな説明をすれば良いというのだろうか。



疑われたくない。


それなのに、向けられる視線は疑いに満ちている。



「とにかく、受付を致しますので、保険証をお願いします。」


保険証を出して、待合室で待たされる。

その間も突き刺さる様に、通りすがりの人から向けられる視線。




見ないで。

見ないでよ。


私、今、そんなに余裕なんてないんだから。



可哀想な人。

そんな目で、私のことを見ないで。


好きで、抱かれた訳じゃない。

自分から望んで、犯された訳じゃない。


疑いの視線は、産婦人科の女性医師からもぶつけられた。





「有沢 実和さんですね?」

「………はい。」

「アフターピルを処方して欲しいそうだけども、率直に聞くわ………。何かあったのかしら?」


何かあったのか。


思い出すだけで、泣きたくなる。

泣きそうになる。



思い出すのは、上条さんの荒い息。

殴られた頬。

無理矢理に貫かれた痛み。


実和と私の名前を呼ぶ声が、遠く聞こえる。



(いや、………もう呼ばないで。)


私を、そんな風に熱い目で見ないで。

そんな風に、私の名前を呼ばないで。


お願いだから。



私は、もう恋人じゃない。

愛を囁き合う様な関係にある人間なんかじゃない。



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