社内恋愛のススメ
冷蔵庫に入っているミネラルウォーターのペットボトルを手に取って、蓋を開ける。
処方されたアフターピルを口に含んで、ミネラルウォーターで一気に胃の奥に流し込む。
額に滲んだ汗は、焦りから来るものなのだろうか。
それとも、緊張から来るものなのだろうか。
(早く飲まなくちゃ、効き目が弱くなる………。)
早く飲めば飲むほど、効果が高くなる。
成功する確率も上がる。
着床を防ぐ薬。
生まれる可能性がある受精卵を、この手で殺す薬。
迷っている暇なんかない。
躊躇してる余裕はない。
産めないんだから。
もしも、妊娠していたとしても、今の私はあの人の子供を幸せになんて出来ないのだから。
しょうがないんだ。
仕方のないことなんだ。
何かに背中を押されているみたいに、すごく焦ってる。
ゴクン。
ミネラルウォーターとともに、大きな音を立てて胃の中へ落ちていく薬。
これでいい。
これでいいのだ。
大丈夫なのかな。
これで、本当に大丈夫なのだろうか。
初めての経験であるが故に、分からない。
本当に効くのだろうか。
副作用は出るのだろうか。
そんなことをグルグル考えていたその時、コートのポケットの中身がブルブルと激しく震え始めた。
ブルブルと激しく振動する、ポケット。
ポケットの中に入っているのは、携帯電話。
式が始まる前に、触ったのが最後。
神聖な式。
携帯電話の音で、式の邪魔をしてはならない。
だからマナーモードにして、バイブレーションだけを作動させる様に設定していたのだ。