社内恋愛のススメ



帰った理由を聞かれたら、どう答えればいい?

約束を破った理由を聞かれてしまったら、私はどうすればいい?



(普通の顔をして、いつもみたいに笑えばいいんだ………。)


ごめんね、長友くん。

用事が出来たから、先に帰ったの。


連絡出来なくて、ごめんなさい。



長友くんは、同期のみんなと飲みにでも行ってよ。

私のことなんて、気にしないでいいから。



笑って。

笑って。


いつもみたいに笑うんだ。



(………、出来ない………よ、そんなの。)


普通になんて、出来ない。

あんなことがあったのに、普通の顔でなんていられないよ。


愛していた人に、無理矢理に奪われた。

大切な人を裏切ってしまった。



それなのに、笑うの?

笑えるの?


無理だよ、そんなの。


私は、そんなに器用な人間じゃない。



「長友くん、ごめん………。」


着信を知らせるバイブレーションが静まる前に、電源ボタンを長く押す。

携帯電話のディスプレイに表示されていたのは、やっぱり愛しい人の名前。


長友 千尋。


大好きな人。

とってもとっても、大切な人。



デスクは、入社当時からずっと隣で。

いつもバカばっかりやってて、周りのみんなからも笑われていて。


だけど、誰よりもみんなから慕われている人。

人の心を、上手く掴む人。



私が今、1番会いたい人で。

そして、今、1番会えないと分かっている人。


大好きな長友くん。


その名前が消えていく。

電源とともに、プツンと彼の名前が消える。



ディスプレイが真っ暗になる。

明るかったディスプレイが、何の表示もされない、おもちゃみたいになる。


もう何も聞こえない。

バイブレーションの音も、長友くんの笑顔も。



何も聞こえない。


何も聞きたくない………。



長友くん。

長友くん。


長友くんーーー………



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