社内恋愛のススメ



津波の様だ。

波が打ち寄せる。


強い力で、全てを押し流していく。


そこにあるもの全てを、力づくで。



流されていく。


全てが流されていくーー……


私は携帯電話を投げ捨てて、バスルームへ飛び込む。

着ていたワンピースもそのままに、私は頭から冷たいシャワーを浴びた。







全開に捻った蛇口。


捻った途端、勢い良く冷たい水が降り注ぐ。

土砂降りの雨みたいに、シャワーが轟音とともに真上から降ってくる。



コートも、水色のワンピースも濡れる。

汚れた体も、踏みにじられた心も濡れていく。


全てが、冷たい水に曝される。



洗い流せたらいいのに。

洗い流してしまいたいのに。


この体に付けられた、赤い跡も。

あの人の影も。

未だに残る、あの人の匂いまで。



叶うなら、記憶に刻み込まれてしまった悲しい残像も、洗い流してしまいたかった。


そんなことは無理だと、分かっていても。



「うっ、やぁぁ………、いやぁぁぁ………っ!」


口から漏れ出たのは、声にすらならない叫び。

溢れる涙が、シャワーと同化する。



忘れたい。

思い出したくない。


消してしまいたい。



でも、きっと、それは出来ない。

そんなことは出来ない。


こんな記憶なんて、なくなってしまえばいい。

忘れてしまえればいい。



そうしたら、この苦しみから逃れられる?

この重苦しさを取り払えるだろうか。


教えて。

ねぇ、誰か教えてよ。



「き、れい………にしなくちゃ………、汚い………っ。」


汚い。

こんな体、汚らわしい。


泣きながら、濡れた服を脱いでいく。



水分を吸って重くなったコートが、ボトッとバスルームの床に落ちていく。



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