社内恋愛のススメ



昨日、アフターピルを飲んだ12時間後に、また同じ分量の薬を飲む。


自然には起こり得ない症状を無理に起こし、妊娠成立を阻止するもの。

その薬がもたらす効果は、精神的にも大きなものだった。





「あはは………、ひっどい顔。」


鏡の向こうの自分を見れば、やつれた顔の自分が立っている。


化粧なんてしていない、素の自分。

そのまんまの私。


隠せない傷が、表へ出ている。



上条さんに殴られた時に出来てしまった、青い痣。

生気のない目。


生きる気力を失ってしまった、そんな顔。



昨日までの朝とは、大違いだ。

昨日の朝までの私は、こんな顔をしていなかった。


もっと生き生きしていた。

長友くんに支えられて、前だけを見て。



未来は輝いてるものなのだと、信じていた。

信じきっていた。


前だけを見て歩いていく自分のことを好きになれた。



あれから、たった1日しか経っていないのに。


そう、たったの1日しか。



(こんなんじゃ、外なんか出られない………。)


キスマークは、いくらでも隠せる。

服を脱がない限りは、隠し通せるはずだ。


服から出ている部分は、コンシーラーを使えば何とか誤魔化せる。



でも、顔にある痣だけは、コンシーラーでも消せない。

ファンデーションで隠すにも、限界がある。


赤みは消しやすいけれど、肌に残る青い痣だけはどうしたって目立ってしまう。



会社にだって、行けない。

こんな姿で会社になんか行ったら、私は疑いの目を向けられる。


何かあったの?


そう聞かれてしまう。



疑いの目は、長友くんにも向けられてしまうだろう。


上条さんの時とは違う。


長友くんは、私と付き合っていることを隠そうともしていない。

みんなの前でも、私という存在を内緒にしたりしていないのだ。




私の彼氏は、長友くん。

その関係が知られているだけに、長友くんまで疑われる。


お前がやったのかと、何の罪もない長友くんが言われてしまうのだ。



長友くんは、何も悪くないのに。

被害者なのに。


犯人が上条さんだなんて、誰が思うだろう。

結婚式を挙げたばかりの人間が部下を貶めるだなんて、誰が考えるだろう。



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