社内恋愛のススメ
「有沢、いるんだろ?」
確かめる様に、長友くんがそう聞く。
ドクン。
心臓が速く脈を打つ。
ドクン、ドクン。
血が巡る。
すごいスピードで、全身を赤い血が駆け抜けていく。
ずっと聞きたかった。
その声が、ずっとずっと聞きたかった。
でも、もう聞けないと思っていた。
長友くんの声を聞く資格さえ失ってしまったのだと、そう思っていた。
長友くんの声に、いつもの明るさはない。
当たり前だ。
私は、昨日、長友くんとの約束を破ったのだから。
自分から待っていてと頼んだクセに、すっぽかしてしまったのだから。
いないフリが出来ればいいのに。
そうしてしまえればいいのに。
長友くんは気付いてる。
私が、ここにいること。
マンションに帰っていることを分かっていて、インターホンを押した。
そして、聞いたのだ。
いるんだろ、と。
ふらつきながら立ち上がって、ドアに近付く。
長友くんが待つ玄関のドアの前に立つ。
逃げられない。
私が長友くんを好きでいる限り、いつかはこうなる運命だった。
会社でも、隣。
プライベートでも、すぐ近くにいる人間。
いつまでも、逃げてなんていられないのだ。
いつかは、顔を合わせなければならなくなる。
いつかは、言葉を交わさなければならない時が来る。
それが、今、来ただけのこと。
思っていたよりとずっと早く訪れたその時に、動揺しているのだ。
覚悟を決めて、こう告げた。
「………うん、いる。」
掠れた声は、いつからだったのだろうか。
きっと、あの後。
上条さんに抱かれた後から。
元気を装えないのは、長友くんの前であるからこそ。
隠せない。
ずっと隣にいてくれた長友くんだから、私の異変なんてすぐにバレる。
元気でもないのに、長友くんの前で元気なフリなんて出来ない。