社内恋愛のススメ
「はい、分かりました。」
私は短くそう返し、会議室のドアを開ける。
ガチャンと、背後に聞こえたドアが閉まっていく固い音。
その音が、私と文香さんがいるこの空間を遮断した。
「コーヒーとお茶、どちらがよろしいですか?」
会議室に入ってすぐに、私は振り向いてそう尋ねる。
近くにあった椅子に座る文香さんは、ただ微笑むだけ。
答えるつもりはないらしい。
(コーヒー………、でいいのかな?)
どちらが好みかは知らないけれど、咄嗟に選んだのはコーヒー。
会議室中に行き詰まった時に、いつでも小休止出来る様にと、この会議室には端にポットが置いてある。
紙コップやお茶、コーヒーメーカーまであるここは、小さな喫茶スペース代わり。
コーヒーメーカーのスイッチを入れ、コーヒーを淹れる。
コポコポと音を立てて、下に落ちていく茶色い液体。
ふんわりと、コーヒー豆の香りが狭い空間に漂い始めた。
聞こえるのは、コーヒーメーカーの音だけ。
他には、何の音もない空間。
不気味なほどに静かな空間で、溜め息を密かにつく。
(静かだな………。)
私も、何も話さない。
私を呼び止めた本人である文香さんも、口を閉ざしたまま。
生まれた沈黙を破る術はない。
鉛の様に重たい沈黙だけが、この空間を支配しているのだ。
無音だからこそ、やけに気になるのがコーヒーメーカーの音。
明るい太陽に照らされた、朝の会議室。
眩しい朝日に照らされて、会議室の中のテーブルがいつもよりも広く感じられる。
きっと、あと少しで社員も次々に出社し始めることだろう。
もうすぐ、あの2人がやって来る。
長友くんが来る。
上条さんも出社して来るはず。
ようやく出来上がったコーヒーを手に、私は文香さんにこう聞いた。