社内恋愛のススメ
「コーヒーでよろしいですか?」
私がコーヒーを差し出してそう言えば、ようやく文香さんは口を開く。
「ええ、ありがとう。お気遣いなさらずに、座って下さい。」
そう言って、文香さんが笑う。
笑っているのに、目だけは笑っていない。
その目の奥には、飲み込まれてしまいそうなほどの何かが潜んでいる気がして。
逸らしたいのに、逸らせない。
縛り付けていられるかの様に、文香さんから目が離せない。
クスッと笑って、文香さんは固まってしまった私にこう告げた。
「有沢さん。」
「はい………。」
「今日はあなたに、主人のことでお話があって来ました。」
文香さんの言葉で、再確認する。
主人。
改めて実感したのは、この人の旦那様はあの上条さんだということ。
2人は結婚したのだ。
私と長友くんの目の前で、愛を誓った。
永遠を約束した。
紛れもなく、この人は上条さんの妻なのだと。
(そっか、そうだよね………。)
文香さんは、上条さんの奥さんなんだ。
上条さんと結ばれた、れっきとした妻。
みんなから祝福されて、その地位に就いた人。
この人の夫と、私は過ちを犯した。
償いようのない過ちを、犯してしまった。
それが私の意思ではないとしても、彼女を目の前にして、どんな顔をしたらいいのだろう。
平然とした顔なんて、出来ない。
グラリと、崩れていく表情。
「今日、あなたが彼よりも早く出社していて下さって、助かりましたわ。」
相変わらずの笑顔。
絶えない微笑みに、抱くのは不信感。