社内恋愛のススメ
笑顔なのに、何の色もない目。
分かっていて、ここに来た。
上条さんがいないことを知っていて、彼女はわざわざ夫の会社に身を潜ませていた。
上条さんに知られずに、私に会いたいが為に。
その推理は当たっていたのだ。
(私が、上条さんよりも先に来ていて助かる………?)
どうして、そんなことを言うのだろうか。
上条さんに内緒で、私に会いたかった理由は何なのだろう。
(どういうこと………?)
思い悩んでいる最中に、気が付いた。
笑っている様に見えて、笑っていない。
そんな風に感じていた文香さんの笑顔が、少しずつ変わっていくことに。
柔和だった微笑みが崩れていく。
彼女の顔から、何の予兆もなく、笑みが消えた。
「あの………」
「主人と付き合っていたのは、………仁さんとお付き合いをしていたのは、あなたなの?」
私の言葉は必要ではないらしい。
私が言葉を発するよりも早く、強い口調で文香さんがそう聞く。
文香さんの言葉は、何よりも強く私の胸を射抜いた。
ドクン。
心臓が跳ねる。
一際大きく、音を立てて。
ドクン、ドクン。
どうして。
どうして、文香さんが知ってるの?
私と上条さんの過去。
今では悲しいだけの、あの日々を。
どうして、文香さんが知っているのだろう。
私が知る限りでは、私と上条さんとのことを知っているのは、3人だけ。
当事者の、私と上条さん。
そして、長友くんだけであるはずなのに。
(まさか、上条さんが話したの………?)
脳裏をよぎる、1つの可能性。
妻となった人に、自分の過去の女性関係を全て晒け出すものなのだろうか。
それも、妻と結婚する直前まで付き合っていた女とのことを。
上条さんが、文香さんのことをどう思っているのか。
それは、部外者の私には分からない。
知る由もないこと。