社内恋愛のススメ



だけど、わざわざ話すだろうか。

妻となった文香さんに、自らの過去を進んで暴露するものだろうか。


きっと、それはない。

少なくとも、私が知っている限りの上条さんならば。



自分の願ったことではないかもしれないけれど、それでも籍まで入れた人。

偽りかもしれないけれど、式まで挙げた人なのだ。


上条さんにとって、文香さんは。


妻である文香さんを、いたずらに傷付けようとはしないはず。




結婚式を挙げたその日に、過ちを犯した彼。

過去の女を忘れられなくて、最後に道を踏み外してしまった人。


しかし、根本的な部分は変わっていない。

そうであって欲しいと、私が一方的に願っているだけなのかもしれないけれど。



笑える。

ほんと、笑える。


今でも、私は心のどこかで上条さんを信じているんだ。



あんな人ではないのだと。

私が好きになったあの人の心が、まだ残っているのだと。


まだ信じてるんだ。



「………。」


戸惑う私は言葉を失って、そんな私を文香さんは笑う。

嘲笑う様にして、口元に手を添える。


クスクス。

クスクス。


堪えきれない笑い声が漏れる。


その笑い声は、私は無性に苛立たせるものでしかなかった。




「………っ、何がおかしいんですか?」


あくまで声を張り上げず、控えめにしつつ、そう聞く。


抑えろ。

自分の感情を中に封じ込めるんだ。



この人は、上条さんの奥さん。

私の上司の奥さんで、取引先の社長のお嬢さん。


暴言を吐いていい相手じゃない。

私よりも目上の人間なのだ。



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