社内恋愛のススメ
苛立つ私とは対照的に、余裕のある文香さん。
クスクス。
クスクス。
相変わらず、笑ったまま。
気味が悪いほど、笑顔のままだ。
彼女はしたり顔で、こう漏らした。
「やっぱり………、そうなのね。そうだと思ったわ。」
やっぱり。
そうだと思った。
文香さんの言葉から分かるのは、やはり私が上条さんの過去に関わっていたことを知っていたということ。
深い関係にあったという事実を、上条さんの妻である文香さんが知っていたのだ。
自分の予想が当たっていた。
だから、笑っている。
何がおかしいのか。
何が楽しいのか、私には理解出来ないけれど。
(知っていて、私をあの式に呼んだの………?)
私が半年前まで、上条さんと付き合っていたことを知っていて。
自分との結婚の話が進んでいるのに、その裏で別の女と関係を持っていることを分かっていて。
全てを知った上で、私をあの式に呼んだのだろうか。
私を奈落の底に落としたあの日、あの場所に呼んだのだろうか。
「………。」
つらい記憶が蘇る。
どうにもならない現実。
戻れない過去。
何度、思っただろう。
あの日、あの場所にいなければ。
あの日、あの場所に行かなければ。
私は、きっと笑っていられた。
今も、大好きな人の隣で、笑顔でいられた。
それが出来ないのは、上条さんだけのせいじゃない。
私のせいでもある。
ちゃんと納得させて、別れることが出来なかった。
上条さんを追い詰めて、あんなことをさせてしまうほどまでにしたのは、私だ。
手に握ったままのファックス用紙。
残酷な言葉が並ぶそれを、これでもかというほど握り潰す。
怒れない。
怒る資格なんて、私にはない。
そんな立場にある人間ではないのだ、私は。
そう言い聞かせるのが、やっとだった。