社内恋愛のススメ



怒りを必死に抑える私に、彼女は気が付いているのだろうか。

それとも、気が付いていないのだろうか。



文香さんが、美し過ぎる微笑みをスッと消し去る。


笑みが消えた彼女の顔に滲むのは、無色。

何の色もない。

何の感情も映さない目。


虚ろな瞳で、彼女は私にこう聞いた。



「ねぇ、私がどうして知っているのか………知りたい?」

「………!」


的確に、私の痛い部分を突いてくる。


感情が隠せない。

文香さんと初めて出会ったあの日の様に、私は自分の思いを表へと出してしまう。



知りたい。


何故、彼女が私を知っているのか。

たくさんいる部下の中の1人でしかない、私。


紛れた私を見つけ出せたのかを。



「有沢さん、あなたのその顔を見て、疑う余地がなくなったわ。」


彼女の唇から、真実が紡がれていく。








「彼と、………仁さんと一緒に暮らす様になってから気が付いたことがあるのよ。」

「………何、ですか。」

「あの人は、私を見ていない。私を見ないで、誰か別の女を見てるんだって。」


延々と続く独白。

小さく震える声で、文香さんが伏し目がちに言う。



文香さんの本音。

文香さんの気持ち。


ひしひしと伝わる彼女自身の飾らぬ本音に、心が揺さぶられるのを感じていた。



幸せな花嫁にしか見えなかった。

私からも、他の人からも。


幸せそうに見えていた花嫁は、決して幸せなんかじゃなかった。



その微笑みの奥に、苦しみを抱えていたのだ。



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