社内恋愛のススメ
言い争う私と文香さんの間に流れるのは、ピリピリとした空気。
張り詰めた空気は、いつ壊れてしまうのか。
いつ崩れるのか。
穏やかさの欠片もないその空気が、容赦なく私を追い詰めていく。
矢の様だ。
天から降り注ぐ、罪を犯した私を罰する矢の様な鋭さ。
鋭さを孕んだ空気が、とめどなく突き刺さる。
文香さんの攻撃的な態度は、なおも続く。
「仁さんをたぶらかしたの?私と結婚したのに、私から彼を奪うの?」
「違う………っ、私はそんなこと、しない!」
「信用出来ないわ。よくもぬけぬけと、私達の式に顔を出せたものね。そんなあなたのこと、私が信用するとでも思っているの?」
「………、招待したのは、招待状を送ったのは………そっちじゃないですか。」
「ふふっ、バカね。どんな顔してあなたが来るのか、見たかった………それだけよ。」
私の存在を知っていて、私の名前まで知っていて。
全てを知っていて、あの場に呼んだのだ。
それだけは、今、ハッキリした。
騙された様なものだ。
あの招待状にそんな思惑があるとも知らず、私はあの式に参列したのだから。
決して、平気な訳ではなかったのに。
長友くんが隣にいてくれたから、私はあの場に立っていられたのに。
「仁さんをたぶらかした代償は、高く付くわよ。」
たぶらかした。
文香さんから見れば、そういうことになる。
私にそんなつもりがなくても、そういうことになってしまう。
「それって、どういう………ことですか。」
「あなたが持ってるその紙、ファックスでしょう?」
意味深な言葉とともに、文香さんが私の手を指差す。
そこにある物。
私の手の中にあるのは、先ほどと変わらない。
クシャクシャに丸め込まれた、ファックス用紙。
脅迫紛いの言葉ばかりが並んだ紙だ。
『企画部主任・上条 仁は、不倫をしている。同じ会社の社員が、その相手だ。』
『すぐに処分をしろ。そんな人間は、社会から抹殺すべきだ。』
『さもなければ、会社は多大な損害を被ることになるだろう。』