社内恋愛のススメ



カツン。

カツン、カツン。


フロアに響く、自分のパンプスの音。



足音は軽いのに、それと反比例して体はどんどん重くなっていく。


鉛みたいだ。

重くて重くて、足が止まってしまいそう。



歩け。

歩くんだ。


私は、行かなくちゃいけないんだ。

重くなっていく体を引きずって、進む。



先を歩いているのは、部長。

部長の背中が、いつもよりも速く遠ざかる。


待って。

待ってよ、部長。


どうやら、部長まで呼び出されている様だ。

部長からしたら、とばっちり以外の何物でもない。



いい迷惑なのだろう。


こんなに、今まで良くしてもらったのに。

たくさんのことを、部長にも教えてもらったのに。


ごめんなさい。

恩を仇で返す様なことになって、ごめんなさい。



フロアを出てすぐの所で、長友くんとすれ違った。








「おはようございます、部長。」


軽く頭を下げて、そう挨拶をする長友くん。

顔を上げた瞬間、長友くんと目が合う。



「………!」


分かっていたじゃない。


いつかこうして、顔を合わせる時が来ること。

長友くんと会わなければならない時がやって来ることは。


覚悟していたはずなのに、ダメだ。



長友くんの顔を見てしまうと、覚悟が揺らいでしまう。

久しぶり過ぎて、声なんて出ない。


だって、何を言えばいい?

どう話しかければいい?



今の今まで、無視してきた。

大好きなのに、ずっとあの日から長友くんのことを避けてきた。


私は、長友くんのことを裏切ってしまったから。

長友くんの前に現れる資格さえないのだと、そう思っていたから。



おはよう。


その言葉さえ言えなくて、息だけを飲み込んだ。



ダークブラウンの短い髪。

いつもみたいにピョンピョン跳ねてるその髪が、蛍光灯の下でわずかに揺れる。


今日のスーツは、真っ黒。

黒いスーツが、筋肉質な長友くんの体をより引き締めて見せている。



真っ白なシャツ。

その首元を彩る、濃紺のストライプのネクタイ。



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