社内恋愛のススメ
「遅いぞ、長友。お前、今、何時だと思っているんだ。」
私の先を歩いている部長が、立ち止まって長友くんと言葉を交わす。
お小言付きの部長の挨拶を、長友くんは苦笑いで受け流した。
「遅れてすいませーん。その分、ちゃんと働きますから。」
長友くんが笑ってる。
ニッと、いつもみたいに笑ってる。
たったそれだけのことが、こんなにも私の胸をギュッと締め付ける。
好きな人が笑ってくれている。
私にではないけれど、その笑顔を近くで見ることが出来る。
それって、幸せなことだったんだね。
当たり前過ぎて、気が付かなかった。
泣きたくなるくらい、嬉しくて…………そして、切ない。
「本当だろうな、その言葉。」
「本当ですって!もう、バリバリ働いちゃいますから。」
「おー、じゃあ、お前に優先的に仕事を割り振ってやろうじゃないか。」
「マ、マジですか………。」
「期待してるぞ、長友。」
部長と普通にやり取りをしているのに、私とは会話はない。
視線が合っても、言葉はない。
会えなかった、この2週間。
その時間が、確実に私と長友くんの間に溝を作っている。
当たり前じゃないか。
それだけのことを、私はしてきたのだから。
何度も何度も電話をかけてきてくれた長友くんを、無視して。
マンションにまで顔を見に来てくれた長友くんに、居留守まで使って。
長友くんを裏切っただけじゃない。
それ以上に冷たく接して、傷付けて。
そんな私が、普段通りを望むのが間違いなんだ。
「もうすぐ始業時間ですよ。どこ、行くんですか?」
「………ああ、ちょっとな。」
私には問わず、長友くんは部長にそう聞く。
長友くんは勘付いてる。
部長と私の行き先が、同じだということ。
部長に連れられて、私がどこかに行こうとしていること。
分かっていて、聞いているのだ。