社内恋愛のススメ



部長は気まずそうに、言葉を濁すだけ。



言える訳ない。


問題があって、人事部に呼び出されているなんて。

それに付き添う為に、部下を連れているのだなんて。



部長の言葉が、私をも不安にさせる。

不安の塊が膨らんで、どんどん大きくなっていく。


埋め尽くされる。

不安だけで、心が覆われていく。



(きっと、ただでは済まない………。)


あんなファックスを見られたら、今まで通りになんていかない。

出来っこない。



「早く戻ってきて下さいよ。部長がいないと、困るんですから。」

「ははっ、分かってるさ。なるべく早く戻る。」


手を振って、長友くんと別れる部長。





長友くんとすれ違う。


数センチ。

その距離がもどかしい。



近付けない。

もうこれ以上、近寄ることも出来ない。


離れていく。

長友くんの視線に気が付いているのに、振り返ることもしないまま、部長の背中を小走りで追いかけた。









長友くんと別れ、向かったのは人事部。

人事部のフロアの1番奥にある、人事部の部長室だ。


人事部ですら滅多に近寄らないのに、人事部の部長室なんてもっと近寄ることなんてない。


初めて入るその部屋のドアを開いて、真っ先に目に入ったのは大きなデスクだった。



「失礼します。企画部の有沢です………。」


トントンと、ノックをしてから入る。


深い色合いの木製のデスクに座るのは、中年の男性。

ヒゲをたくわえた白髪混じりのその人は、開口一番にこう告げた。



「待っていたよ、有沢さん。………久しぶりだな?」


私の名前を呼び、その次にうちの部長に対して声をかける。


慣れた口振りで、部長に久しぶりだと言うこの男性。

この人が、うちの会社の人事部の部長。


人事部で、1番の権限を持つ人間。



「はははっ、しょうがないだろう。こっちもこっちで、仕事が忙しくてな。」

「何だ、忙しいのは会社にとってはいいことじゃないか。暇だったら、こっちも困る。」

「今度、飲みにでも行くか。」

「そうだな、そうするか………。」



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