社内恋愛のススメ
呼び出されているのが、嘘みたいだ。
呑気に会話を交わす2人の部長に、私は密かに胸を撫で下ろす。
だけど、人事部の部長の目が私に向けられる瞬間に分かってしまった。
違う。
私のことを見る目だけが違っている。
冷たい。
氷の様に冷たい視線。
私に向けられた視線は、どこまでも醒めきったものだった。
「企画部の上条主任のことは知っているね?」
「はい、………入社して、仕事を教えて下さったのは主任ですから。」
「有沢くん、君と上条主任がいかがわしい仲だと、匿名で情報が寄せられたのだが。」
「………っ。」
「事実かな?」
人事部の部長から、流れる様に語られる顛末。
それは、私の予想と同じもの。
当たっていたのだ。
私が手にしたファックスには、私の名前はなかった。
上条さんの名前だけが書かれていたはずなのに、人事部には私の名前まで晒されている。
あのファックスとは違うファックスが、他の部署には回っているのかもしれない。
もしくは、別に手紙かメールか、別の手段で私の名前が漏れている。
そうでなければ、ここに呼び出されていたのは上条さんだけのはず。
私の名前が晒されていなければ、私はここにはいないのだから。
唯一の救いは、長友くんの名前が人事部の部長の口から飛び出さなかったことのみ。
「知っているか?上条主任を名指しで批判したファックス、あれはうちの会社の部署には全部届いているんだ。」
「………。」
「もちろん、君が所属している企画部にもな。」
「社長室にまで届いていたんだぞ。………笑えるだろう。」
人事部の部長の言葉が、胸を突く。
あのファックスは、この会社の隅々にまで届いている。
どの部署にも、万遍なく。
それは、社長室であろうと、例外ではない。
今はまだ、分からない。
その影響が、取引先にまで及んでいるのか。
私の出方によっては、文香さんは次の手を打つはずだ。
今は届いていなくても、届けられてしまうかもしれない。
2人の名前を載せたファックスが、関係する会社の全てにまで送り付けられるかもしれない。
何の関係もない場所にまで、悪い影響が及んでしまう。