社内恋愛のススメ



「そのファックスがばらまかれたら、会社はどうなるのかしらね?」


社内だけではなく、社外にまでばらまかれてしまったらーー……


笑い話にもならない。

予感していたことが、現実のものとなってしまう。



私と上条さんだけの問題ではなくなる。

もっと大きな、会社を巻き込んだ問題にまで発展してしまう。


言葉を失った私に下されたのは、判決。

容赦のない、一方的な言葉だけ。




「企画部、有沢 実和。君は、支社へと転属になる。」

「………。」

「もうこの本社には戻れないと、そう思ってくれ。」


拒否は許されない。

転勤を命じる言葉だった。



「有沢、しょうがないんだ………。分かってくれ。」


うちの部長がそう言って、私を慰めてくれる。


分かってるよ。

分かってる。



宴会の時には、宴会部長に変身してしまう人だけど。

人のことを容赦なく、コキ使う人だけど。


本当は、情に厚い人だということ。

とても部下思いの人だということ。


ちゃんと分かってる。



部長を困らせたくない。

私のことで、部長の評価までを下げるのは忍びない。


スッと、スーツのジャケットにしまっていた物を取り出す。



退職願。

真っ白な封筒に書かれた、大きな文字。


その封筒を、人事部の部長のデスクにそっと置いた。



「これは?」


一言、そう聞かれる。

私を慰めていた部長が、また驚く。



驚かないで、部長。

私、今日はこれを出す為だけに、ここに来たの。


仕事がしたくて、出社した訳じゃない。



「退職願です。」

「随分、準備がいいじゃないか。………どういうことだ?」

「そのままです。今日、これを出そうと思って、出社しました。」


目の前にいる2人は知らない。



私が、どんな気持ちでこの退職願を書いたのか。

どんな気持ちで、これを持って出社したのか。


辞めるつもりだった。

転勤なんか命じられなくても、最初から辞めようと思っていた。



出すタイミングがなかったから、出すのが今になってしまっただけ。


退職願を出すこと。

この会社を辞めること。


その決意だけは変わらないのだ。



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