社内恋愛のススメ



フッと苦笑いをして、人事部の部長が溜め息をつく。


長い溜め息の後、人事部の部長は無情にもこう告げた。




「君に選ぶ権利はないんだよ。」

「どういうことですか………?」

「こんな物が受理されると思っているのか?おめでたいな。」



おめでたい?


私はよく考えて、この結論に至ったのに。

悩んで悩んで、悩み抜いて決めたことだったのに。


私を嘲笑う人事部の部長が、冷たく言う。



「君が会社を辞めることで、社内では悪い噂が立つ。不倫した哀れな女を、会社は容赦なくクビにしたって………そう言われるのさ。」


噂なんて、本当のことが少しでも混じっていればいい方だ。


真実が含まれてない、ただの噂。

噂だけが、独り歩きをしていく。


人間なんて、きっとそんなものだ。



「でも、………私は辞めます。辞めるべきなんです。」

「辞めさせたいのは山々なのだが、そうはいかないんだよ。これ以上、悪影響を広げる訳にはいかない。」


辞めたいのに、辞められない。

辞めさせてすらもらえない。


待っていたのは、そんな現実。



「しばらく、この事態が収まるまでだ。そこから先は、君がどういう決断をしようと構わない。」

「………、選択肢はないんですね。」

「そういうことだ。君には、選ぶことすら出来ない。」

「………失礼します。もう、結構です。」


受理されない退職願をそのままに、私は人事部を飛び出した。








人事部を出て、すぐに部長と別れる。



部長も、戸惑っているのか。

私が出した、退職願に。


ポツンと一言、そのことを聞かれた。



「有沢………、お前、あれを出したくて、俺のことを呼び出したのか?」

「はい、そうです。」


部長の貴重な時間を割いてもらって、誰にも見られずにあの退職願を出したかった。

それだけの為に、朝早くに部長を呼び出した。



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