社内恋愛のススメ



「あ、りさ………わ………。」


行くなよ。

行かないでくれ。



「待てよ………、待ってくれ………。」


追いたかった。

有沢のことを追いかけるべきだった。


それなのに、バカみたいに動かない足。

死ぬほど、後悔した。



遠ざかっていく背中。

有沢の小さな背中が、遠くなる。


今よりも、1秒後。

1秒後よりも、10秒後。


どんどん、有沢が遠くなっていく。



離れたくないのに。

この腕の中に、ずっと捕まえておきたかったのに。


彼女が俺から離れたのは、彼女自身の意思。


その事実が、俺に重くのしかかる。



有沢がいないフロア。

有沢がいない会社。


隣を見ても、有沢がいない。

俺の大好きな彼女がいない。



有沢が支社へと飛ばされてすぐ、俺はあの男を呼び出した。


有沢の相手。

噂の渦中にいる、有沢の噂の片割れ。



有沢を左遷させておきながら、自分だけはのうのうと本社に出勤している男。

俺が、世界で1番嫌いなアイツ。


上条 仁。

俺の直属の上司を。








ヒューーー………


吹き荒れる冷たい風に、思わず体が反応してしまう。

身を縮めて、寒さから逃れようとする俺の体。



2月上旬の空の下。

漂う空気は、身を切るかの如く、冷たい。


有沢がいなくなってから、1週間。

俺のプロポーズの返事さえせず、俺の前から姿を消してから、7日目。



会社の屋上で、俺は待つ。


有沢を変えてしまったであろう、あの男を。

有沢を傷付けたクセに、自分だけは温室に浸かったままのあの男を。



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