社内恋愛のススメ
俺が、あの男に聞きたいこと。
これからする話は、どこでも出来る話ではない。
会議室っていう手もあるが、あそこは微妙に人の目がある。
会議室を使いたい人がいたら、確実に俺達は邪魔になることだろう。
だから、軽く嫌がらせのつもりで、会社の屋上に呼び出してやった。
そこまでは良かったのだけど、やばい。
あの男のことばかりを考えていて、気温のことを考えるのをすっかり忘れてしまっていたのだ。
凍ってしまいそうなほどの厳しい外気に、はぁーっと溜め息をついた。
真っ白な息が、モクモクと立ち昇っていく。
雲の様に真っ白な息が空に向かって、ゆったりと上がる。
見上げた空は灰色で、俺が吐き出した白い息が空の灰色と同化していく。
(あーあ、俺、すっごいガキくさい………。)
バカだな、俺。
嫌がらせでこんな所に呼び出すなんて、中学生か。
ただのガキじゃないか。
だから、いつまで経っても敵わない。
有沢が本気で惚れたあの男を、追い抜けないんだ。
寒い。
すごく寒い。
この凍える様な寒さは、まるで俺の心みたいだ。
有沢を失って、虚しさに震える俺の心を投影している様な気がする。
カツンカツンと、階段を昇る足音。
足音とともに、階段を昇り終えた人影が、視界の端に映り込む。
開けておいた、屋上と階段を繋ぐ大きなドア。
ドアの向こうには、無表情のスーツ姿の男。
「………。」
「………。」
視線が遠く交わり合っても、言葉はない。
後ろに流した黒い髪が、屋上に吹き付ける強い風によって乱れていく。
はためく、スーツの裾。
眼鏡の奥の鋭い視線が、俺を真っ直ぐに睨み付ける。
上条 仁。
俺の直属の上司。
いつも、俺から有沢をさらっていく男。
俺が、この世で1番、好きになれそうもない男。