社内恋愛のススメ



「話は?………忙しいから、出来れば手短にしてもらいたいんだが。」


面倒臭そうにそう言う目の前の男に、俺も同調する。



俺だって、好きでこの男を呼び出した訳じゃない。

出来ることなら、口だって聞きたくない。


顔だって、見たくないくらいだ。



でも、この男は、何か知ってる。

きっと、俺が知らない何かを、この男は知っている気がする。


俺の勘だけど。



悪い勘ほど、よく当たるんだ。

当たって欲しくない予感ほど、当たってしまうんだ。


それを確かめる為に、言葉を重ねていく。



「アイツが支社に飛ばされた理由、主任は知っていますか?」


アイツ。


俺が入社以来、ずっと思い続けてきた女。

俺のデスクの隣に座っていた女。


今は誰もいないそのデスクに座っていた有沢を、胸の中に秘める。



この男の琴線に触れたのであろう。


みるみるうちに変わる、上条さんの表情。

いつもは、何も読み取れない瞳。


俺の言葉を聞いた瞬間、無表情であるはずの上条さんの全てが揺らいでいく。



起伏の少ないこの男の感情を、最大限に引き出すのは、きっとこの男の妻ではない。


この場にいない、消えてしまった有沢なんだ。



「有沢さんのことか?」


すっとぼけて聞き返す、上条さん。

さっきまではあんなに揺らいでいたのに、もう動揺を奥へと隠している。


食えない男だ、この人は。


そんな上条さんに、即座に噛み付く俺。



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