社内恋愛のススメ
「おはようございます!」
「おはよ、実和ちゃん。」
私の名前を親しみを込めて、名字ではなく下の名前で呼んでくれる人。
柔らかそうな長い髪を、キュッと後ろで結んで。
キリッとした目元に、浮かんだ目尻のシワ。
パリッとアイロンがきちんとかけられたシャツに、淡いグレーのスーツ。
ほどよい丈のスカート。
誰からでも好かれるこの人の名前は、桜井さん。
私よりも3つ年上で、私が働いている支社に勤めている社員の女性だ。
「初めまして、桜井です。」
「は、初めまして!今日からこちらで働かせて頂くことになりました、有沢です。よろしくお願いします!!」
1年と2ヶ月前。
支社に飛ばされたばかりの頃、何も分からない私に仕事の基礎を叩き込んでくれた人。
今の私の仕事は、以前の私がしていた仕事とは違う。
同じ会社の支社に飛ばされたけれど、別の業務を行う部署に配属されたのだ。
企画部ではなく、営業部。
構想を練ったり、立案したりする場所ではなく、最前線に立つ仕事。
営業なんて、やったことがない。
プランを考えることには慣れていても、顧客となる企業との交渉の窓口になったことはない。
右も左も分からない私に、桜井さんは1から丁寧に仕事を教えてくれたんだ。
「実和ちゃん、おいで。一緒に付いて行くから!」
「桜井さん………、すいません。」
「いいの、いいの。お昼、外で食べて来ちゃおう!」
初めて向かう営業先には、必ず付いて来てくれて。
「こちら、新しく営業部に入りました有沢です。」
「有沢です!よろしくお願いします!!」
私を紹介して回ってくれたのも、桜井さんだ。
営業成績も、上から数えた方が早い桜井さん。
仕事も出来て、男の社員を追い越す勢いで営業をこなす。
それでいて、嫌みも言わない。
年下の私にも優しく接してくれて、周りの人間とも上手くやっている人。
何の役職もないけれど、桜井さんのことを尊敬している人間はこの支社には多いのだと思う。
私も、そのうちの1人だ。
仕事が出来て、周りの人間に好かれる彼女に憧れているし、尊敬もしていた。