社内恋愛のススメ
石の様に固まっていた表情が柔らかくなって、緩んでいく。
緩むとは言っても、微々たるものだけれど。
無表情であるのは、これでも自覚しているつもりだ。
こんな小さな変化、誰も気付きはしないだろう。
自分以外は、誰も。
「もういいかな?」
「は、はい!もう大丈夫です。」
「それじゃあ。」
そう言って、彼女の前から立ち去る。
そんな僕を見つめる彼女。
ただの同僚。
無口な先輩社員と、入ってきたばかりの新入社員。
この時点では、特別な感情なんて抱いていなかった。
少なくとも、僕の方は。
それから、1年後。
真面目に仕事だけに打ち込んでいた僕に舞い降りたのは、出世話。
ずっと望んでいた話。
「企画部の上条くん、だね?」
「はい、そうですが。」
「君の話は、企画部の部長からいろいろと聞いている。企画部のホープらしいな。」
「………いえ、そんな大層なものではありません。」
目の前で嬉しそうに話す、人事部の人間。
滅多に来ない人事部の個室に呼び出されて、肩を叩かれる。
「私達はね、君を高く評価しているんだ。君は、会社に多大な貢献をしている。」
「とんでもない。………もったいない言葉です。」
「いやいや、謙遜はしなくていい。そんな君に、話があるんだよ。」
そう、分かってた。
こんな日が来ること。
この日の為に、頑張ってきたのだから。
「うちの会社に、アメリカの支社があるのは知っているね?」
「はい、存じております。」
「君には、そこで更に能力を発揮してきてもらいたい。………どうだろう?悪い話ではないと思うんだが。」
行き先は、アメリカ。
うちの会社は、グローバルに世界的に展開している。
規模の大小はあるけれど、世界中に支社を置いているのだ。
アメリカは、そんな支社の中でも重要視している支社。
飛ばされるんじゃない。
これは、自分が評価されているからこその転勤命令。