社内恋愛のススメ



迷いはなかった。


学生時代は勉強ばかりしていたお陰で、英語も出来る。

日常生活には困らないし、ビジネスに使うと思われる言葉はこれから覚えていけばいい。



止める人間もいない。

泣いて引き留めてくれる様な、恋人もいない。


当たり前だ。

仕事に打ち込むことに夢中で、仕事人間の自分は恋人を作ろうとしなかったのだから。


むしろ、そういうことを避けてもいた。



これで、また仕事に更に邁進出来る。

仕事だけしか楽しみがない僕には、それが嬉しくて堪らない。


最後の日。

僕が日本を旅立つ日、彼女は見送りに来なかった。



「上条くん、あっちでも上手くやってくれよ。」

「ありがとうございます。」


「上条さん、頑張って下さいね!この花束、企画部のみんなからです。受け取って下さい!!」

「悪いな………。」


見送ってくれる人の中に、僕が1から仕事を教え込んだ彼女の姿はなかった。








飛行機で、数時間。

半日もかからずに、アメリカに辿り着く。


昔は何ヶ月もかかったであろう道のりも、今は飛行機でひとっ飛びだ。


簡単なものだ。

外国に行くといくことは。



新天地である、アメリカでの生活。

幸い、英語には自信があった僕。


言葉で困ることはなかった。


ビジネスで使う言葉を少し覚えさえすれば、仕事は思ったよりもスムーズに進めることが出来た。



仕事に打ち込む日々。

場所が日本からアメリカに移ったというだけで、僕の毎日はそう変わりはしない。


会社と家の往復。

他の人間から見たら、つまらないだけの生活。



充実しているはずだった。


満足しているはずだった。




「………。」


いつからだろう。


彼女が、瞼の裏に浮かぶ様になったのは。

彼女のことを、ふと思い出す様になってしまったのは。



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