社内恋愛のススメ



「上条さん!」


僕の名前を呼ぶ彼女。


ボーイッシュな彼女が見せてくれる、可愛らしい笑顔。

まだあどけなさが残る、微笑み。



同僚だった、あの子の顔。

後輩だった、あの子。


あの女の子は、今、どうしているのだろう。



今もあの場所で、仕事をしているのだろうか。

僕が教え込んだことを、今も同じ場所で懸命にこなしているのだろうか。


浮かんだあの子の顔が消えない。

消そうとしても、消えてくれない。




「ふっ………。」


自分らしくない。

こんな風に、感傷に浸るなんて。


本当に、自分らしくない。



あの子を置いてアメリカに来たのは、自分じゃないか。

他の誰でもない、僕じゃないか。


教えを請うあの子。

先輩として慕ってくれる、あの子。


自分を必要としてくれていたのに、そんなあの子を置いてきたのは僕だ。



今、あの子に仕事を教えているのは、僕ではない。


自分ではない誰かが、きっとあの子の傍にいる。

あの子の隣にいて、あの子に仕事を教えている。


付きっきりで。



どうして、彼女のことばかりが気にかかるのか。


見送りに来なかったせいか。

それとも、置いてきてしまったという後悔があったせいか。



いいや、違う。

彼女が見送りに来ていたとしても、同じこと。


僕は、きっと思い出していた。

こんな風に、彼女のことを。


遠く離れた地にいる、あの子のことを考えていただろう。



あの子のことを気にしている、理由。

思い出してしまう理由。


そこまで考えて、ようやく気が付いた。



自分の本心に。

奥底に眠る想い。


自分自身でも分からなかった、彼女に対する気持ちに。



「僕は、まさか………彼女のことが………。」


その、『まさか』だったんだ。


今、彼女の隣にいるかもしれない誰かを気にするのは、嫉妬しているから。

見送りに来なかった彼女のことばかりが気になるのは、最後に一目でも彼女の顔が見たかったからだ。



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