社内恋愛のススメ
あの男の目は、他の人間とは違う。
熱く、有沢さんを見つめる瞳。
あの男だけには、注意しなければならない。
もっとも、すぐに動く気配は感じられなかったが。
有沢さんの近くにいる男。
長友 千尋が動かないのをいいことに、僕は先手を打つ。
僕の主任昇格と本社への復帰を祝って、部長が開いてくれた歓迎会。
その日に、彼女を初めて誘った。
その日。
金曜日の夜、行われた宴の席。
幹事を任された有沢さんは、部長が気に入っている店を予約した。
御両。
アメリカに行く前に、何度も足を運んだことのある店。
着いてみれば、 当然だが僕の席は上座で。
隣の席は、1番目上の人間である部長。
取り囲むのは、知らない顔の社員ばかり。
気になって仕方のない彼女は、遠く離れた席。
その隣には、あの男。
長友 千尋だ。
隣に行きたいのに、行けない。
主賓である自分がここを離れてあの子の隣に行けば、嫌でも目立つ。
注目を集めたい訳じゃないのに、目立つことになってしまう。
「上条主任、一杯どうですか?」
見覚えのない女が、やけに寄り添ってそう言う。
腕に胸が当たるのは、気のせいだろうか。
変に胸を押し当てられて、セクハラだとか言われても心外なのだが。
「どうぞ、主任。」
酒を注いで欲しいのは、君じゃない。
隣にいて欲しいのは、君じゃない。
あの子。
僕から離れた位置に座る、有沢さんだけ。
ああ、ほら。
僕が気になる彼女は、楽しそうに笑ってる。
今日もまた、同期のあの男の隣で、無邪気にジョッキをぶつけてはしゃいでる。
近付きたい。
近付けない。
焦燥感と苛立ちに包まれて、1時間。
打破するきっかけは、突然だった。
「………!」
席を立った、有沢さん。
何かをあの男の耳元で囁いてから、立ち上がる。
そのまま、どこかへ行ってしまう彼女。