社内恋愛のススメ



変わっていないのは、私だけ。

変われないままでいるのは、私だけ。


あの頃の想いを引きずっているのも、憧れを捨てられないでいるのも私だけなんだ。


そう、沈んでいた時だった。



「主任なんて肩書き、付けなくてもいいさ。」


上条さんがそう言って、静かに笑ったのは。



「………っ、でも………!」

「ここは、会社じゃないんだ。まして、今は就業時間内でもない。プライベートな時間だ。」


普段はクールな上条さんが笑うのは、非常に珍しいこと。


笑顔なんて、滅多に見れない。

教育係としてずっと近くで仕事を教えてもらっていた時だって、笑顔なんて見た記憶がない。



いつも冷静で。

涼しげで。


その奥にある感情が知りたくて、いつも私はウズウズしていたのだから。



でも、今は笑ってる。

あの上条さんが笑ってる。


私の前で、上条さんが笑ってくれている。



さっきまで沈んでいたのが、嘘みたい。

簡単に浮上して、今ではフワフワと空に浮んで漂う雲の様だ。


単純な人間だ、私って。



気になる人が笑ってる。

自分の前で、珍しく笑顔を見せてくれている。


たったそれだけで、こんなにも幸せを感じてしまうのだから。



「有沢さんがいなくなったから、探しに来たんだ。」

「わ、私を探しに………?」


どうして。

どうして、私を探すの?


そんな必要、ないじゃない。



だって、私はただの同僚で。

主任に昇格してしまった上条さんは、私の上司で。


たくさんの中の部下の1人。

その他大勢の中の1人。


それなのに、どうして私を探すの?



そう聞き返す前に、上条さんがスーツのポケットから携帯電話を取り出す。


スーツの色と同じ、真っ黒な携帯電話。

長い指で携帯電話を触りながら、上条さんがこう尋ねてきた。



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