彼女のすべてを知らないけれど

夕焼け空と、カラスの鳴き声。

然の家に向かう途中、住宅地の歩道で足を止めた俺は、またか、と、ため息をついた。

一匹の猫が、凛とした雰囲気とは裏腹に心細げな瞳でこちらをジッと見つめてくる。エメラルドグリーンの瞳は、何を訴えようとしているのだろうか。

ロシアンブルーという種類の猫で、青灰色の毛に覆われた体はやや汚れている。

「元は飼い猫だったんだろうな、この猫も……」

俺はその場でかがみ、ロシアンブルーを見つめた。撫でようと、手を伸ばし、とっさに引っ込めた。

クロム以外の猫を、可愛がりたくない。それに、情を注いだらまた、悲しい思いをする。

猫に、特別な気持ちは抱かないって決めただろ……!

確認作業のように自分に言い聞かせ た。どうあがいたって、無駄。猫の寿命は、人間のそれよりはるかに短い――。
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