彼女のすべてを知らないけれど
「おじゃましまーす」
リラックスした口調をしつつも、俺はやや緊張していた。然の家が、あまりにも広かったからである。
然が神社に住んでいると知って以来、勝手に「彼は小さな神社兼自宅に住んでい るのだ」と想像していたのだが、それをはるかに越える立派な神社だったのだ。
玉砂利の敷かれた神社。手入れの行き届いた季節の植物に、常緑樹。百本近いのぼりは、年に何度か取り替えているらしく、新品のようだ。
参拝客が、観光にでも来たかのようにゆったりした足取りで敷地内を歩いている。
立派な門をくぐり二~三分ほど奥に行くと 、賽銭箱置き場を通り過ぎ、これまた大きな和風家屋がそびえていた。
然がスライド式の玄関扉を開けると、広々 とした木製の廊下がお出迎え。どこからともなく、檜(ひのき)の香り。それに混じって、かすかに線香の匂いがした。
障子貼りの扉が、廊下に沿って長く続く。
いま俺が住んでるアパートより新しいん じゃないか? この家……。
実家の古い家に慣れていた俺にとって、新しい家というのはどうしても緊張してしまう場所である。
然にスリッパを出され、それを履いて いる間にも、外には人の気配がした。絶え間なく参拝客が訪れているようだ。