彼女のすべてを知らないけれど
クロムが家出をした前日の夜。クロムは、まるで別れを惜しむように、俺のベッドに潜り込んできた。
「ニャー」
甘えたように、太ももの間に挟まろう とするクロム。俺は泣かずにはいられなかった。
病気は避けられず、手術しても助かる見込みはないと獣医に言われている。このまま 、黙ってクロムが死ぬのを見ていなくてはいけない。
「ごめんな。もう、何もしてやれない。くっ……!」
涙を流して、クロムを抱きしめる。
あの日感じたクロムの体温は、忘れられない 。今も……。
優しくて悲しくて、切なくて。はかない命の温度だと思った。
晴れて希望の大学に入学した日も、俺はクロムのことを引きずり、満開の桜も目に入れられなかった。
受験を終えて晴れ晴れした新入生同士のしゃべり声。先輩達によるサークル勧誘。
周囲のざわつきが大きければ大きいほど、悲しみで俺の心を揺さぶった。
受験中、そばで支えてくれたクロムは、もういない――。