秘密の2人
最終章
サプライズ
卒業式の朝。
沢渡邸の前に優羽は立っていた。
この日を待ちに待っていた。
12月から体調が悪化して、自宅療養をしていた蒼空は、やはり年が明けても登校はできなかった。
しかし、数日前に優羽の携帯に連絡が入った。
連絡をしてきたのは蒼空の母親だ。
12月に訪問した時に、何かあったら連絡するからと言われ、母親にアドレスを教えていたのだ。
蒼空自身は、今時珍しく携帯不所持。
携帯があればもっと小まめに連絡取り合えるのにな…と思いつつ、家庭のルールに口出しすることはできないので、優羽は我慢した。
「病院の先生から、卒業式の日だけなら登校してもいいって許可が下りたのよ〜。あの子大喜びしてるわよ〜。」
「えっ⁉︎本当ですか⁉︎」
卒業式の参加。
それを聞いた時、優羽は驚きのあまり声を張り上げた。
自分の声の大きさにびっくりしつつ、ここが自室でよかったと思った。
「本当なのよー!でね、図々しいお願いしてもいいかしら?」
「え?」
「卒業式の日、蒼空と一緒に登校してくれないかな?」
それは思いがけない言葉だった。
実は優羽は、蒼空が卒業式に参加できるのなら迎えに行こうと決めていた。
蒼空の親への説明とか恥ずかしさとか、学園からの注目とか、葛藤することもあるだろうと思ったが、そんなことよりも蒼空への思いが一番だった。
「もちろんです。迎えに行きます!」
「ありがとう〜!蒼空には内緒にしておくわね!」
どうやら母親のサプライズ企画らしい。
学園までは蒼空への負担を考えて、電車ではなく、母親が運転する車での登校になった。
優羽は沢渡邸のインターホンを押した。
中から蒼空の母親が出てきて、にこやかに出迎えてくれた。
「今日はありがとう〜。もうすぐで準備ができるから、中に入って待っててくれるかしら?」
母親に言われるがまま、優羽はリビングに入った。
初めてお邪魔させてもらった日のことを思い出す。
4ヶ月前なのに遠い昔のようだ。
母親は前と同じようにお茶を出してくれた。
「ふふっ。あの子にはまだ言ってないの。どんな反応するか楽しみね!」
母親は無邪気に笑った。
そして階段へ移動し、二階に向かって声を出した。
「そーらーっ、まだなのー?早くしなさーい!」
「はーい!今行くよー。」
何も知らない蒼空は、パタパタと階段を降りて来た。
リビングに入ったところで蒼空はピタッと止まった。
「えっ⁉︎」
「やぁ、おはよう。」
優羽がいることに気付いた蒼空は、ブレザーのボタンを留めようとしている状態で固まった。
一年の最後に赤茶色に染まった蒼空の髪は、この数ヶ月染める余裕も無く地毛の真っ黒に戻っていた。
その姿を見て、優羽は初めて会った時のことを思い出し、ドキッとしたのが自分でわかった。
「どぉ?驚いた⁉︎」
母親は目を輝かせながら蒼空に聞いた。
「…うん…ってか…えぇ〜⁉︎」
蒼空は頬を赤く染めた。
「あー、赤くなってるしー!」
「なってないし!」
蒼空は今度は頬を膨らませた。
約2ヶ月振りに会う蒼空は久々の制服姿で、それがなんだか新鮮に思えた。
そして二人のやりとりを見て優羽は、蒼空が今日の卒業式を1日乗り切れそうだと安堵した。
蒼空の母親からは、蒼空の体調次第では、途中退席するかもしれないと聞いていた。
2時間もかからないであろう卒業式を、退席してしまうかもしれないほど蒼空の体力は落ちているのだ。
それでも蒼空は卒業式への出席を強く希望し、医師からの許可を得た。
学園で出会い、友達になった仲間と会えるのは、卒業式が最期かもしれない。
仲間だけではなく、優羽にも…。
蒼空の中で卒業式への参加は、人生最大のイベントになっていた。
「さっ、じゃあ行こうか!」
母親に促され2人は車に乗り込み、学園に向かった。