秘密の2人
優羽の決意
「お手数をおかけしました。」
「いいえ~。今日はいろいろと楽しかったわ~。また来てね?」
「あ…是非。お邪魔しました。」
優羽はチラリと2階の蒼空の部屋を見て、駅へと歩き出した。
《数十分前》
蒼空の部屋で優羽が蒼空の言葉に胸打たれたとき、下階から蒼空の母が声をかけてきた。
制服が乾いたので、優羽は1人で一階におりた。
蒼空は先程大泣きしてまだ目が真っ赤で、瞼も少し腫れ気味だったので落ち着くまで部屋から出ないことにした。
乾いた制服を蒼空の母から受け取り、優羽はもう一度脱衣所で服を着替えた。
着替え終わり、借りた服をきっちりと畳んだ状態で蒼空の母に手渡した。
「ありがとうございました。」
「あらー!!几帳面なのね~。あの子も見習ってほしいわ~。」
蒼空の母は笑いながら話した。
そしてチラリと階段の上を見た後、優羽を見た。
「あの子の涙の栓を抜いてくれてありがとう…。久しぶりに泣き声聴いたわ…。」
優羽はハッとして、
「すみません!」
と頭を下げて、蒼空を泣かせてしまった事を謝った。
「あらあら~。謝る事じゃ無いのよ!感謝してるのよ~?」
「…え?」
優羽は何に対して感謝されたのかわからなかった。
蒼空の母は優羽の考えていることがわかったのか、理由を話してくれた。
「人間って、たまには泣かないとしんどいのよ…。ストレスとか悩みを抱え込むのが人間だからね。」
優羽は泣き止んだ後の蒼空の顔を思い出した。
〔確かに…いい顔してたな。〕
「なのに、あの子はなかなかの強がりでね…。もしかしたら1人の時は泣いてるのかなー…とは思っていたんだけど…。今日ので一安心出来たのよ~。」
蒼空の母は笑顔で話した。
「親に出来ることと、彼氏に出来ること。役割があるって事ね~。」
〔か…彼氏!?!?〕
優羽は蒼空の母の言葉で顔を真っ赤にした。
蒼空の母は優しく笑い、
「あなたもね、男の子だからって我慢しないで。泣かないといけないときは思いきり泣きなさいね。」
と言い、優羽の肩をポンポンと叩いた。
〔ああ…この親子にはかなわない…〕
優羽は最強親子に、自分を見透かされた気分になった。
《数十分後》
優羽は駅に到着し、電車に乗車した。
帰宅ラッシュの時間より少し遅くなったので、車内は思っていたよりは混雑していなかった。
優羽は立ったまま扉の前の手すりにもたれかかり、真っ暗になった外を見つめた。
〔…遅くなったな…。帰ったら母さんがうるさいだろうな…。〕
優羽は制服のポケットの携帯をチラッと見た。
実は佐渡邸にお邪魔している間、母親からひっきりなしに電話がかかっていたのだ。
蒼空を送っていくとメールをしていたが、納得してもらえていないのが着信履歴の数で窺えた。
受験の大事な時に、勉強時間を削る行動が許せないのだろう。
優羽は途中から携帯の電源を切り、母親を完全にシャットアウトしていたのだ。
優羽は帰るのが憂鬱になっていた。
蒼空の母と自分の母、比べてはいけないのは解っているが……あまりにも違いすぎた。
初めて自分の母以外の『母親』と触れ合って、『母親』の温かさを感じた。
血の繋がった親からは感じたことがなかった温かさは、心地良く、気持ちが落ち着いた。
優羽は腕を組んで下を向いて目を閉じた。
〔……正面から向き合う時が来たんだ…〕
今日、蒼空の病気を知り、蒼空の思いを知り、蒼空の涙を見た。
蒼空は思うように身体が動かせず、やりたいことも出来ない状況になりながらも、懸命に自分に出来ることを頑張っているのだ。
〔それに比べて俺はなんだ…!!〕
優羽は親の決めたレールの上をただ走るだけの、楽な人生を否定することもせずに進んで来た。
そして心の奥底でくすぶる『何か』の存在に気付きながらも、それに向き合おうとはしなかった。
『親に決められた道』という理由を付けて、諦めていたのだ。
〔しかし…それは今日までだ〕
優羽は自分の中にくすぶる『何か』と正面から向き合い、親と向き合う事を決意した。