溺れる月
病院の待合室では、


いつもヘッドホンで音楽を聴きながら待つ。


中学の入学祝に買ってもらったプレイヤーに、


耳がすっぽり収まる大きめのヘッドホン。


一度、診察を待っている時に、


横に座ったおじさんが、一人でぶつぶつと喋っていた。


「見えるんだ。俺は心の中が見えるんだ。


お前が部屋で一人きりで何をしているか。


俺には見えるぞ。見えるぞ。見えるぞ。」


怖かった。


話の内容がというわけではなく、


「崩壊」というものを目の当たりにした気がしたのだ。



看護師さんもそれを知っていて、


順番が来ると肩を叩いてくれる。



長椅子の一番端に座り、


少し大きめの音で音楽を聴く。


そして、音漏れをしないように


ヘッドホンを押さえると、


頭を抱えた人のようになる。


僕に話しかけるな。


僕を見るな。


お願い。


誰も僕に興味を持たないでください。




僕は、廊下の反対側の壁に付いている


非常口への案内表示をずっと見つめていた。


あの緑色ってきれいだなと見るたび思う。


小学校の理科の時間に、


光に透かして見たホウセンカの茎みたいだ。



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