キミの背中。~届け、ラスト一球~


そう言って、トランペットケースをひとつ棚から取り出す。


このトランペット、どのくらいこの棚の中で眠っていたんだろう。


長谷川さんが棚から出した瞬間、白い埃が頭上に降ってきた。


ガチャガチャとケースのフタを開けると、中からシルバーのトランペットが顔を出した。


「ピストンは……うん、まだ大丈夫。そんなに固くない」


3本のピストンを指で押した長谷川さんが、「はい」とあたしにトランペットを差し出す。


「今日はこれ使ってくれる?
明日からは自分の楽器使っていいからさ。今日だけこれで我慢して」


ニッコリ笑った長谷川さんの口元には、小さなえくぼが出来て可愛かった。


ゆっくりトランペットを長谷川さんから受け取り、久しぶりに手にしてみる。


両手で抱え右手でピストンを押すこの感覚……約1年半ぶり。


ドレミファソラシド。と、ピストンだけを音に合わせ押さえる。



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