キミの背中。~届け、ラスト一球~
ずっとケースの中で眠っていた金管楽器特有の異臭が鼻をつく。
でも、この匂い、嫌いじゃない。
だって、この匂いと共に、あたしは成長してきたんだから。
懐かしすぎて、心がギュッと締め付けられた。
「音楽室に行きづらかったら今日はここで音だししててもいいよ。久しぶりなんだよね?楽器吹くの。きっと感覚掴むのに時間かかるかもしれないからさ」
見かけによらず、よくしゃべるな長谷川さん……。
でも、これくらい積極的にしゃべってくれた方が、気が楽。
あたし実は、極度の人見知りだったのかもしれない。
長谷川さんは気を利かせてくれたのか、あたしに楽器を渡すとすぐに音楽室に入って行った。
音楽室からは、「パート練終わり!!そろそろ先生来るから準備して~」と長谷川さんの声が聞こえて来てその後「はい!!」という部員の切れのある返事が聞こえた。
長谷川さん、部長だったんだ。
そんなことに今更気づいたあたしは、ケースの中に残っていたマウスピースを手に取った。
スカートの中のハンカチで軽く拭いたあと、唇に当ててみる。
けれど……。
音が出ない……。
唇さえも震えない……。
これが、一年半のブランク……。