密と蜜~命と共に滴り堕ちる大人の恋~

 記憶力が悪いのか、父の事をほとんど覚えていない。写真を見ると、こんな感じの人だったかもしれない、と思う。

 物腰が柔らかそうで優しそうな人。丸い鼻先と長めの睫は父から受け継いだようだ。

 ブランコで背中を押してもらった大きな手。あれはきっと父の手。その感触だけはこの背中に大切な記憶として残っている。

 私に父の手の感触が残っているのだから、母はまだ鮮明に父の姿や体温が残っていて、忘れられないのだと思っていた。

 それは私の美しく激しい思い込みだったようだ。

 オーストラリアで撮った母のウエディングドレス姿を見せられた。

「歳も歳だし、ウエディングドレスなんていいって言ったんだけど、松井さんがどうしても見たいって。恥ずかしかったわ」

 松井というのは母の再婚相手。

 私は父の姓、鮫島を名乗っている。


 ちっとも恥ずかしそうじゃない写真を見せるくらいなら、私をその式に呼んでほしかった。

 事後報告なんてなんだか悔しい。  

 そうしてくれていたら、私は二人の事を心から祝福していたと思う。

 今はその松井……さん、の連れ子と三人で幸せそうに暮らしている。



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