密と蜜~命と共に滴り堕ちる大人の恋~
 私は離婚と自殺を真剣に考えていた時期がある。

 ホームセンターで首を吊るためのロープを買った時、レジでバーコードが『ピピッ』と読み取られた瞬間『死ぬためのロープも普通に買われていくロープと同じなんだ』と価値が代わらぬ事に泣けた。

 その日の夜、寝ている亮の背中に手を当てた後、そっと家を出た。

 ロープと踏み台を積んで黒い車を走らせた。

 湖の畔。木の枝にロープをくくりつけ、作った輪に首を通し、踏み台から足を離した瞬間、木の枝が『バキバキッ』と闇を切り裂くように音を立てて折れた。

 強くお尻を打った。尾てい骨が割れたかと想う程の痛みと自分の馬鹿さ加減に涙が溢れた。

 その後も懲りずに何度も死のうとした。今、こうして生きているのが不思議なくらいだ。生かされているのかもしれない。この世を支配する残酷な何者かに。死ねないと分かれば分かるほど死にたいと必死になり、生きたいと必死に思えなくなった。


 亮だって直接口には出さないけど、俺の給料で生活させてやってるんだ、という態度が時折見える。

 私は結婚してからも経理の仕事を続けていた。欠勤も無駄な残業もせず、とにかく真面目だった。無理難題にも寛容に対応した。


 あれは五年目の結婚記念日の事。


「松本くん、子供作らないの? 年齢的にもそろそろ作った方がいいよ」 



< 218 / 304 >

この作品をシェア

pagetop