密と蜜~命と共に滴り堕ちる大人の恋~
 もし母が父を殺したら、私はどうなるのだろうと不安だった。

 寒気がするくらい嫌な家でも施設や親戚の所には行きたくなかった。感情って不安定で不定義なモノだ。

 そんな事が起きないように、少しでも家庭が平和であるようにと私はいつも面白い事をして両親を笑わせようとしていた。

 わざと柱に頭をぶつけてみたり、ダジャレを言ったり。

「鈴!! へらへらしてるんじゃないの。恥ずかしいでしょ」

 と、母に怒られたっけ。

 鈴というのは私の名前。鈴が鳴るようにへらへらしていた。心の中では『ざけんなよ』と思いながら。

 母の日と父の日には必ずなにかを贈っていた。

 顔色を窺うように。

 感謝の気持ちで贈っていたわけではない。ただ円滑にしたかっただけ。
 
 世の中は面倒な『日』を作ったものだと子供心に思っていた。


 小学三年生の時。

 いつものように父と喧嘩をしていた母は、私が贈ったカーネーションを父に投げつけた。

 真っ赤な花びらが硝子の破片のように散った。

 カーネーションが死ぬ瞬間を見てしまった。

 月に二百円だったお小遣いを貯めて買ったのに。

 さすがにその時は文句を言った記憶がある。

「せっかくあげたのに」

 その文句に対し母は「だったらもうくれなくていい」と言った。 

 酷いよね? 酷いでしょ。


 それでも毎年贈り続け、中学を卒業し、家を出てからはなにも贈らなくなった。



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