花の名前
彼女が子供を連れて家を飛び出し、この部屋で少しの間、三人で暮らしたこと。


でも、その生活も長くは続かなかったこと。


「彼女は、毎日の生活にだんだん疲れていったんだ。」


家庭を失ったこと、両親を悲しませたこと、子供から父親を奪ってしまったこと。


自分のしたこととはいえ、彼女はその重さに耐えきれなくなった。


それは、慧太くんも同じだった。


「それで、エリカちゃん、君が倒れていたあの海岸で。」


彼は、辛い出来事を淡々と語った。


「僕らは、心中した。」


「今と同じように、薬を飲んで。目が覚めると、彼女はいなかった。取り残されたって思ったよ。」


そう言うと、彼は目を閉じた。


「彼女は、死んじゃったの?」あたしは、小さな声で聞いた。


目を閉じたまま、彼は答えた。


「うん。死に顔を見たよ。まるで夢を見てるみたいだった。」


辛かったんだろうな、と思った。取り残される辛さ。悲しみ。


痛いほど分かる。それで、死を選ぶ気持ちも。あたしは、わかる。
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