炎獄の娘
13・死者の持つ鍵
きりと背筋を伸ばした宰相の後ろ姿が廊下の奥へ消えていくのを昏い表情で見送ったアルフォンスは大きく息を吐いてから今のやり取りを頭の中で素早く整理した。宰相との間柄はこれまで特に悪いものであった事はなかった。必要と思えば国王へ反対意見を述べる事も厭わないかれであったから、宰相との間にも無論これまでに幾らも議論を闘わせたことはあった。が、阿る輩ばかりを重宝せずに国家への益を大事とし、公平な判断を下す人物であると信じていたし、一時的に機嫌を損ねても、長引く不興をかった事はない。だが……あの言葉の意味するところは何だったのだろうか。
『知るべきでない事を知ったり、要らぬ考えを起こしたりする事なく忠誠に励むことこそが、己自身とその家名の繁栄にも繋がるのだ』
『これ以上公爵の身に間違いがあっては、国家の威光の翳りにも繋がりかねぬ』
まるで脅し文句ではないか。エーリクは知るべきでない事を知り、要らぬ考えを起こした故に早死にをしたのだ、と言わんばかりだ。確かにエーリクの言動から、彼が何か恐るべき秘密を知ってしまい、その為に刺客まで差し向けられる羽目に陥っていたのだとは予想できる。が、宰相もまたそれを知っており、すぐにそれを彼の死と結びつけ、アルフォンスが彼から何か聞いてはいないかとわざわざ自ら足を運んで問い糾してくるとは……。宰相はその内容を知っているのだろうか? 判らぬが、少なくともそれを知る事の意味については、アルフォンスよりずっと把握しているだろう。
(いったい、何がどうなっているんだ?)
何らかの陰謀が進行している。それがエーリクを殺した。エーリクは、自分にも気をつけるように言っていた。大貴族であろうと全く容赦しない何者かの陰謀なのだ。では、国王に対してはどうなのだろうか? エーリクは、「陛下の身には絶対何もない」と言っていたが、信じてよいのだろうか。万が一、この件に宰相が関わっているとしたら? 宰相は孫娘を王妃と成したばかり、国王の身に何かあれば、もしも跡継ぎを残す前に命を落とすような事があれば、王位は歳の離れた王弟殿下に移り、王妃が宰相にもたらす益は失われてしまう。だから宰相は絶対に国王を守る筈である……。
そこまで考えて、アルフォンスは軽く首を振った。全ては言葉の端々からの推論でしかない。そして真実を知っていたエーリクの口からそれを聞ける機会は永遠に失われた。だが、自分を頼ってきた友人の死の真実を、このまま闇に葬ってよい筈はない。エーリクの無念を晴らす為もあるが、証拠を得て、この卑劣な暗殺を企てた者とその陰謀の目的を明るみにせねば、いずれどのような災厄が形を変えて王国を襲うか知れたものではないからだ。しかし今は、自分と話をしたいと言うエーリクの妃に会わねばならなかった。彼女……イサーナはいったいどれくらい事情を知っているのだろう?
その部屋に近づくと、女の泣き叫ぶ声が一足毎に高く響いてきた。
「あなた……ああ! ルルアよ、どうか彼を安らかに御国へお迎え入れください!!」
アルフォンスは軽く扉を叩いたが、イサーナの喚き声のおかげでその音が室内に届くのは難しいようだった。沈痛な表情を浮かべてアルフォンスはそっと扉を開けた。
室内には、大貴族を横たえるには簡素に過ぎる寝台があり、右の壁際に寄せられていた。王宮騎士の当直部屋であるから、当然何の装飾もない。後は小さな椅子と文机があるばかりで、その椅子に、一人息子のシュリクが、泣き腫らした顔で机に俯せて眠っていた。可哀想に、華やかな宴から一転して、父の急死という現実を否応なく突きつけられ、頼るべき母親も泣き喚くばかりときては、泣き疲れて眠ってしまう以外にこの少年が一時でも苦しみから逃れる術はなかったろう。いや、夢の中でも彼は怖いものに追い回されているようだった。母親の叫びが甲高くなる度、父によく似た細い眉がぴくりと動き、苦しげに顰められるのをアルフォンスは見た。
イサーナは、アルフォンスが入って来た事にもすぐには気付かぬようで、ただ夫の亡骸に縋って泣き続けていた。そこでアルフォンスは、イサーナより先に、この部屋にいる第三の人物に向かって礼をとった。
「猊下……」
「来たか、アルフォンス」
低い声で答えたのは、大神官ダルシオン・ヴィーンであった。死したエーリクにルルアの国へ辿り着けるよう、標となる印を与える為に呼ばれたに相違ない。ルルア信者は貴賤を問わず、生まれた時、死する時、ルルア神官から印を頂く。その魂の生き方を定め、死した後は行く先に迷いがないように。大貴族ともなれば、ヴェルサリア第一の神官であるダルシオンがその印を与えるのは自然な事であった。
「エーリクは……ルルアの国へ旅立ったのですね?」
己の目で確認し、宰相から聞いていた事だが、そう尋ねずにはいられなかった。ダルシオンは表情を動かさずに頷いた。その黄金色の瞳からは常の通り、いかなる感情も読み取れない。
「ルーン公殿下?!」
そのやり取りがようやく耳に入ったらしく、イサーナが振り返った。綺麗に結い上げていた赤褐色の髪は振り乱され、涙と憂いに錯乱の混じったその様子は、三十を越したばかりだというのに十以上老けて見えた。しかしそれもこのような場合では仕方ない事、とアルフォンスは同情を禁じ得ない。だが、次にイサーナは、驚くような言葉を発した。
「あなたのせいですわ! あなたさえいなければ!! さあ、早くこの人が渡したものを返して下さい!」
アルフォンスは余りに意外な、そしてとんでもない言いがかりに、暫しどのように対応したものか迷った。エーリクからは何も聞いていないし何も受け取っていないのに、彼女はエーリクが秘密をアルフォンスに明かした為に殺されたと信じ込んでいるようだ。つまり彼女はアルフォンスよりも秘密の内容について詳しく知っているという事だ。
「イサーナどの。夫君の逝去については心よりお悔やみ申し上げる。しかし、そのような言われようには心当たりはありません。彼から何かを渡されたという事実はありません」
「嘘っ!! 舞踏会の前にあなたは聞いてしまった筈ですわ! エーリクがあなたに話す機会を窺っていた事を、ちゃんとわたくしは知っていたんですから!」
「それは誤解です。彼はわたしに何か私的な頼み事があったらしいが、結局それを聞く間もなかったし、何より、事情の説明は絶対に出来ないと言い張っていた」
アルフォンスの言葉を聞くと、イサーナの顔はみるみる青ざめていった。
「うそよ……そんな筈ないわ……あなたはルルアの……」
ここでダルシオンが口を挟んだ。
「死者の前で言い争うなど何という事です。イサーナどの、ルーン公は何も知らぬし預かっておらぬと言われているではありませんか。もしそれが本当なら、貴女の求めるものは、やはりグリンサム公の懐にあるのでは?」
三人はほぼ同時にエーリクの亡骸を見た。取りあえず吐血の跡は拭き清められていたが、衣装はまだそのままである。イサーナは躊躇いもなく血のついた夫の屍の胴着の前を開け、内ポケットを探り始めた。その素早い行動に、さすがの大神官も一瞬反応を遅らせた。
「ちょっと、待ちなさい、イサーナどの!」
慌てて止めたものの、イサーナはその言葉と同時に死者のポケットから何かを取り出し、勝ち誇ったように、
「あった、ありましたわ、猊下!」
と叫んだ。彼女の手には、一本の小さな鍵があった。だが、苛立ったようなダルシオンの視線にぶつかると戸惑いを浮かべた表情で目を逸らし、すぐに、問いかけるようなアルフォンスに気付いて、そこにかれがいる事をようやく思い出したようで、しまったという顔になる。確かに彼女は、宰相が先程言ったように、これからエーリクの跡目を継ぐ息子の後見人としては心許ない、考えの浅い女性であるようだった。
「申し訳ありません、猊下、彼はいつもなら左のポケットに大事なものを入れていた筈なのに、今日は警戒したのか右のポケットに入っていましたわ……」
「イサーナどの。それは私が預かろう。混乱のもとだ」
消え入るような声のイサーナに、ダルシオンは苦い顔でそう言って手を差し出した。イサーナは、アルフォンスの手に渡る事はあれ程嫌がっていたというのに、むしろほっとした様子でそれに従おうとする。
「お待ち下さい、猊下。それはいったい何なのです?」
思わずアルフォンスは口を挟まずにはいられなかった。
「そなたには関係ないであろう。これはグリンサム家の問題だ」
冷たく突き放すような大神官の言葉にもアルフォンスは引き下がらない。
「イサーナどのがわたしをこの場に呼ばれたのです。そして、エーリクはそれをわたしに渡そうとしていたと仰った」
「ああ、申し訳ありません、ルーン公殿下。わたくしの勘違いでした。本当に失礼な事を申し上げてしまって……では夫は、本当に何も話さなかったんですのね。どうかこのイサーナを哀れと思し召して、これ以上の詮索はなさらないで下さいまし」
イサーナの焦った口調と懇願するような眼差し。アルフォンスは迷った。夫を亡くしたばかりで混乱しているイサーナを気の毒に感じたし、本当にグリンサム家内部だけの問題であるなら、これ以上口出しする権利はない。故人の妃の意向を無視してまで、故人も隠したがっていた秘密を探るべきではないのかも知れない、と思いかけた。だが、この時、イサーナはまた誤った行動をとった。この過ちさえなければ、後に起こる極めて重大な事件の様相はかなり違っていたものになったかもしれないという程のもの。アルフォンスの迷いの沈黙を、彼女は無言の拒絶と受け取った。そしてぐっと眉を吊り上げるとアルフォンスを睨み付け、こう言い放ったのである。
「これ以上余計な事をお知りになれば、殿下もまた、夫と同じ運命を辿る羽目になりかねません事よ! さあ、出て行って下さい!」
あっ、とアルフォンスは驚きの声を漏らしそうになった。かれの表情をじっと見ていたダルシオンは、ひそかに溜息をついた。
『知るべきでない事を知ったり、要らぬ考えを起こしたりする事なく忠誠に励むことこそが、己自身とその家名の繁栄にも繋がるのだ』
『これ以上公爵の身に間違いがあっては、国家の威光の翳りにも繋がりかねぬ』
まるで脅し文句ではないか。エーリクは知るべきでない事を知り、要らぬ考えを起こした故に早死にをしたのだ、と言わんばかりだ。確かにエーリクの言動から、彼が何か恐るべき秘密を知ってしまい、その為に刺客まで差し向けられる羽目に陥っていたのだとは予想できる。が、宰相もまたそれを知っており、すぐにそれを彼の死と結びつけ、アルフォンスが彼から何か聞いてはいないかとわざわざ自ら足を運んで問い糾してくるとは……。宰相はその内容を知っているのだろうか? 判らぬが、少なくともそれを知る事の意味については、アルフォンスよりずっと把握しているだろう。
(いったい、何がどうなっているんだ?)
何らかの陰謀が進行している。それがエーリクを殺した。エーリクは、自分にも気をつけるように言っていた。大貴族であろうと全く容赦しない何者かの陰謀なのだ。では、国王に対してはどうなのだろうか? エーリクは、「陛下の身には絶対何もない」と言っていたが、信じてよいのだろうか。万が一、この件に宰相が関わっているとしたら? 宰相は孫娘を王妃と成したばかり、国王の身に何かあれば、もしも跡継ぎを残す前に命を落とすような事があれば、王位は歳の離れた王弟殿下に移り、王妃が宰相にもたらす益は失われてしまう。だから宰相は絶対に国王を守る筈である……。
そこまで考えて、アルフォンスは軽く首を振った。全ては言葉の端々からの推論でしかない。そして真実を知っていたエーリクの口からそれを聞ける機会は永遠に失われた。だが、自分を頼ってきた友人の死の真実を、このまま闇に葬ってよい筈はない。エーリクの無念を晴らす為もあるが、証拠を得て、この卑劣な暗殺を企てた者とその陰謀の目的を明るみにせねば、いずれどのような災厄が形を変えて王国を襲うか知れたものではないからだ。しかし今は、自分と話をしたいと言うエーリクの妃に会わねばならなかった。彼女……イサーナはいったいどれくらい事情を知っているのだろう?
その部屋に近づくと、女の泣き叫ぶ声が一足毎に高く響いてきた。
「あなた……ああ! ルルアよ、どうか彼を安らかに御国へお迎え入れください!!」
アルフォンスは軽く扉を叩いたが、イサーナの喚き声のおかげでその音が室内に届くのは難しいようだった。沈痛な表情を浮かべてアルフォンスはそっと扉を開けた。
室内には、大貴族を横たえるには簡素に過ぎる寝台があり、右の壁際に寄せられていた。王宮騎士の当直部屋であるから、当然何の装飾もない。後は小さな椅子と文机があるばかりで、その椅子に、一人息子のシュリクが、泣き腫らした顔で机に俯せて眠っていた。可哀想に、華やかな宴から一転して、父の急死という現実を否応なく突きつけられ、頼るべき母親も泣き喚くばかりときては、泣き疲れて眠ってしまう以外にこの少年が一時でも苦しみから逃れる術はなかったろう。いや、夢の中でも彼は怖いものに追い回されているようだった。母親の叫びが甲高くなる度、父によく似た細い眉がぴくりと動き、苦しげに顰められるのをアルフォンスは見た。
イサーナは、アルフォンスが入って来た事にもすぐには気付かぬようで、ただ夫の亡骸に縋って泣き続けていた。そこでアルフォンスは、イサーナより先に、この部屋にいる第三の人物に向かって礼をとった。
「猊下……」
「来たか、アルフォンス」
低い声で答えたのは、大神官ダルシオン・ヴィーンであった。死したエーリクにルルアの国へ辿り着けるよう、標となる印を与える為に呼ばれたに相違ない。ルルア信者は貴賤を問わず、生まれた時、死する時、ルルア神官から印を頂く。その魂の生き方を定め、死した後は行く先に迷いがないように。大貴族ともなれば、ヴェルサリア第一の神官であるダルシオンがその印を与えるのは自然な事であった。
「エーリクは……ルルアの国へ旅立ったのですね?」
己の目で確認し、宰相から聞いていた事だが、そう尋ねずにはいられなかった。ダルシオンは表情を動かさずに頷いた。その黄金色の瞳からは常の通り、いかなる感情も読み取れない。
「ルーン公殿下?!」
そのやり取りがようやく耳に入ったらしく、イサーナが振り返った。綺麗に結い上げていた赤褐色の髪は振り乱され、涙と憂いに錯乱の混じったその様子は、三十を越したばかりだというのに十以上老けて見えた。しかしそれもこのような場合では仕方ない事、とアルフォンスは同情を禁じ得ない。だが、次にイサーナは、驚くような言葉を発した。
「あなたのせいですわ! あなたさえいなければ!! さあ、早くこの人が渡したものを返して下さい!」
アルフォンスは余りに意外な、そしてとんでもない言いがかりに、暫しどのように対応したものか迷った。エーリクからは何も聞いていないし何も受け取っていないのに、彼女はエーリクが秘密をアルフォンスに明かした為に殺されたと信じ込んでいるようだ。つまり彼女はアルフォンスよりも秘密の内容について詳しく知っているという事だ。
「イサーナどの。夫君の逝去については心よりお悔やみ申し上げる。しかし、そのような言われようには心当たりはありません。彼から何かを渡されたという事実はありません」
「嘘っ!! 舞踏会の前にあなたは聞いてしまった筈ですわ! エーリクがあなたに話す機会を窺っていた事を、ちゃんとわたくしは知っていたんですから!」
「それは誤解です。彼はわたしに何か私的な頼み事があったらしいが、結局それを聞く間もなかったし、何より、事情の説明は絶対に出来ないと言い張っていた」
アルフォンスの言葉を聞くと、イサーナの顔はみるみる青ざめていった。
「うそよ……そんな筈ないわ……あなたはルルアの……」
ここでダルシオンが口を挟んだ。
「死者の前で言い争うなど何という事です。イサーナどの、ルーン公は何も知らぬし預かっておらぬと言われているではありませんか。もしそれが本当なら、貴女の求めるものは、やはりグリンサム公の懐にあるのでは?」
三人はほぼ同時にエーリクの亡骸を見た。取りあえず吐血の跡は拭き清められていたが、衣装はまだそのままである。イサーナは躊躇いもなく血のついた夫の屍の胴着の前を開け、内ポケットを探り始めた。その素早い行動に、さすがの大神官も一瞬反応を遅らせた。
「ちょっと、待ちなさい、イサーナどの!」
慌てて止めたものの、イサーナはその言葉と同時に死者のポケットから何かを取り出し、勝ち誇ったように、
「あった、ありましたわ、猊下!」
と叫んだ。彼女の手には、一本の小さな鍵があった。だが、苛立ったようなダルシオンの視線にぶつかると戸惑いを浮かべた表情で目を逸らし、すぐに、問いかけるようなアルフォンスに気付いて、そこにかれがいる事をようやく思い出したようで、しまったという顔になる。確かに彼女は、宰相が先程言ったように、これからエーリクの跡目を継ぐ息子の後見人としては心許ない、考えの浅い女性であるようだった。
「申し訳ありません、猊下、彼はいつもなら左のポケットに大事なものを入れていた筈なのに、今日は警戒したのか右のポケットに入っていましたわ……」
「イサーナどの。それは私が預かろう。混乱のもとだ」
消え入るような声のイサーナに、ダルシオンは苦い顔でそう言って手を差し出した。イサーナは、アルフォンスの手に渡る事はあれ程嫌がっていたというのに、むしろほっとした様子でそれに従おうとする。
「お待ち下さい、猊下。それはいったい何なのです?」
思わずアルフォンスは口を挟まずにはいられなかった。
「そなたには関係ないであろう。これはグリンサム家の問題だ」
冷たく突き放すような大神官の言葉にもアルフォンスは引き下がらない。
「イサーナどのがわたしをこの場に呼ばれたのです。そして、エーリクはそれをわたしに渡そうとしていたと仰った」
「ああ、申し訳ありません、ルーン公殿下。わたくしの勘違いでした。本当に失礼な事を申し上げてしまって……では夫は、本当に何も話さなかったんですのね。どうかこのイサーナを哀れと思し召して、これ以上の詮索はなさらないで下さいまし」
イサーナの焦った口調と懇願するような眼差し。アルフォンスは迷った。夫を亡くしたばかりで混乱しているイサーナを気の毒に感じたし、本当にグリンサム家内部だけの問題であるなら、これ以上口出しする権利はない。故人の妃の意向を無視してまで、故人も隠したがっていた秘密を探るべきではないのかも知れない、と思いかけた。だが、この時、イサーナはまた誤った行動をとった。この過ちさえなければ、後に起こる極めて重大な事件の様相はかなり違っていたものになったかもしれないという程のもの。アルフォンスの迷いの沈黙を、彼女は無言の拒絶と受け取った。そしてぐっと眉を吊り上げるとアルフォンスを睨み付け、こう言い放ったのである。
「これ以上余計な事をお知りになれば、殿下もまた、夫と同じ運命を辿る羽目になりかねません事よ! さあ、出て行って下さい!」
あっ、とアルフォンスは驚きの声を漏らしそうになった。かれの表情をじっと見ていたダルシオンは、ひそかに溜息をついた。