炎獄の娘
19・不吉な預言-3
ファルシスの予想通り、アルフォンスの不安は国王に対する不吉な預言が娘の口から出た事に集中していた。自身の事については、恐らくエーリクの暗殺に関係すること、『自分のようになるな』と言い残したエーリクが危惧した道に己が進みかけているのだろう、と思った。エーリクが、それを守る為に殺されなければならなかった程の秘密を孕む鍵……それがいま、自分の懐にある。危険は承知の上だ。
『鍵を開けちゃ駄目』
『鍵を開けなくちゃ駄目』
突きつけられた二択。どちらが救いの道なのか。誤った方を選べば、暗殺者に背後から刺されて無残な死を受け入れなければならないのか。だがアルフォンスは、自分の為よりも、主君エルディス三世が自らの血に塗れるような事態を避ける為に考え続けた。まず、気にかかるのは『偽りの王』という言葉である。このヴェルサリアにはエルディス以外の王など居る筈もないのに、いったい何者を指すのか? 『真の王権』とユーリンダは言った。王権とは、人が人を統べる為にルルアが高貴なるただ一人の王に対して与え給うた絶対に揺るぎのない権利であり、即位式で新王エルディスが得たばかりのものである。王国の民は誰もが、人としては人たる個人の王に、だがルルアの恵みの下に生を受けた存在としては、現王から初代の王へ遡る全ての王たちがルルアから与えられた王権に対して臣従するのである。民の全てがそんな事を考えながら生きているのではない事くらい解っている。しかし少なくとも誇りを持つ貴族としてはそれを忘れてはならない。王国の建国以来二百五十年もの間、ルーン公爵家が八公国時代の殆どそのままに形を保ち、領内の自治を認められて来たのは、王権がそれを許したからである。アルフォンスは決して大貴族の地位に恋々とするものではないが、神が地にもたらした王権がそれを自分に与えたものならば、死ぬまでそれによって生じた義務と誇りを全うせねばならぬと当たり前のように考え、後継者である息子にも常々そう言い聞かせてきた。
預言の言葉が、このバルトリア大陸の中で辺境の未開の地を除くほぼ全てを統べるヴェルサリア王国以外の王権についてとは考えがたい。では、『真の』王権とは何を告げんが為の言葉なのか。想像するのも厭わしい事だが、まさかエルディスの王位継承には問題があったのだろうか。エルディスは母である前王妃によく似て、亡き父王に似たところはあまりない……。
鍵をどうすべきか。明日までの短い時間とはいえ、鍵を手にする事が出来たのもまた、ルルアの意思によるものならば、やはり、ただ持っているだけの為ではないだろう。間違っているかも知れないが、鍵の使い道について自分が予想している事を試す……手をこまねいているよりは行動する方が悔いは残るまい。真実を知る事こそが救いに近づく道であるとアルフォンスは思う。知る事によって危険を生む事を恐れて過ごすよりは、知った上で判断し、対処したい。或いはエーリクの遺志に背く事になるのかも知れないが、エーリクが自分の身の安全を案じてくれた礼を、死した彼に対してするならば、彼の無念を晴らす事以外考えられない……。
そこまで考えた時に、アデット・ホールの脇の小入り口に着いた。思った通りの頃合いで、国王夫妻退席の通告がなされ、拍手喝采のなか、新郎新婦が御座から正面の出入り口に向かって敷かれた、シルクウッド産の見事な織りの赤い長絨毯の上を通って、寝所のある王妃宮へ向かおうとしている所であった。考えは一旦脇に置いて、他の公爵達に並ぼうとアルフォンスは歩を急ぎ進めようとした。すると、誰かがかれを引き留めた。
「ユーリンダ姫のお加減はいかがですか?!」
ティラール・バロックだった。ユーリンダの信奉者も皆、今は国王夫妻に注目しているというのに、この若者だけは、それが一番の関心事らしい。有り難くもあったが今は煩わしくもあった。
「大丈夫です。娘は単に疲れただけなのです。何せ、宮廷にあがるのも初めての経験なのに、このように盛大な会で、興奮し過ぎてしまったようでしてね」
そう言ってさっさと傍を通り抜けようとした。だがその時、ティラールの口から飛び出した台詞がアルフォンスの足を止めた。
「偽りの王とはなんの事ですか?」
顔色を変えまいとアルフォンスは努力をせねばならなかった。誰にも聞かれていないと息子達は言っていたが、この男だけは聞き耳を立てていたのだ。この寿ぎの日に大きな影を差すあの不吉な預言を、よりによって、宰相の息子に聞かれるとは!
あれが預言であるなら巫女、或いはそれを聞いた者は神殿に報告する義務がある。だがユーリンダはまだ聖炎の神子ではないし、宗教儀式での預言ではないのだから、まずはアルマヴィラに帰ってカレリンダに相談しようと思っていた。国王の身に不吉が降りかからないよう、神殿からも何らかの対処をして貰わねばとは思うが、今日のこの日にこの場所でユーリンダの口から出た預言であるという事は伏せておきたかったのだ。正式な巫女でもないのに国王に関して不吉な預言をしたという事は、場合によっては不敬の罪に問われるからだ。勿論、その場を乗り切った以上は、後から知れたとしてもまさか大貴族の娘が罪を負う事にはならないだろうが、祝賀の席で不吉な預言をした娘、という印象は拭いがたいものになってしまう。
だが、ティラールがあれを聞き、父親の宰相に報告すればどうなるだろう。この席でエーリクが殺されただけでも相当な不吉であるというのに、重ねての不吉……。宰相は、この結婚に不吉が添えられるのを、或いは人々がそう思うのを、許しはしないだろう。国王を謀ってまで、エーリクが死んだ事実を曲げたくらいなのだから。恐らくこの預言もこの日に出たものだという事は伏せるだろう。だが、ユーリンダの事は……もしかしたら宰相は、『国王の結婚に不吉が』という印象を人々に持たせないが為に、ユーリンダの方を『不吉な言を振りまく娘』という存在に仕立て上げてしまうかも知れない。推測に過ぎないが、宰相ならばやりかねない。しかしまずは、ティラールがいったいどこまで話を聞いていたのかを確かめねばならない。
「偽りの王、とは不穏な言葉ですな。いったいどこでそんな言葉を聞かれたのです?」
まずはしらばくれて無難な返答をする。ティラールはその返しに驚いた風で、
「勿論、ユーリンダ姫があの時仰った事です」
とずばりと言ってのけた。アルフォンスは、無理に言葉を濁すのはかえって良くないと直ぐに悟り、
「あの時何を聞かれたのですか?」
と単刀直入に問うてみた。ティラールは考え込む顔になり、
「切れ切れとです。姫の兄上と従兄殿が、何か仰っている姫をすぐに端に連れて行かれてしまいましたから。意味の解らない言葉だったので、姫は高熱で譫言でも言っておられるのかと心配したのです」
と答える。この答えにアルフォンスはかなり安堵を感じた。ティラールはあれが預言だとは思っていない! 勿論、そういう振りをしているだけという可能性はあるが、よくよく考えれば、聖都アルマヴィラに暮らし、日頃から魔道の絡む神殿での式典について触れる機会があるからこそ、ファルシスもアトラウスもすぐに預言だと解ったのであり、普通の者が聞いても確かに、錯乱か譫言のようにしか思えないものかも知れない。無論それはそれであまり外聞の良い事ではないが、真実を知られるよりはずっと安全だった。
「娘は、怖い夢を見たと話していました。あまりに国王陛下がご立派であられるので、夢に偽物でも出てきたのかも知れません」
「『剣が胸に』というような言葉も聞こえました」
「偽物の王が成敗されたという夢の結末かも知れません……真なる国王陛下の御手によって」
そう言ってアルフォンスは微笑した。こんな事は何でもない事だったのだと思わせなければならない。それにさっさと会話を打ち切って、他の公爵達と並ばねばならない。宰相が、こんな時に息子がルーン公爵を足止めして何か話していると気づけば、必ず話の内容を詳しく息子から聞き出そうとするだろう。今なら、ただ人に酔って倒れたユーリンダが何か寝言を言っていた、というだけの事にしてしまえる。
「今から姫のもとへ、お見舞いに伺ってもよろしいですか?」
「娘はもう館へ帰らせる所です。お気持ちは伝えておきます。ありがとうございます」
そう言うとアルフォンスはさっさと前へ歩き出した。
「あのっ、明日は……」
とティラールが追いすがるように言いかけたが、アルフォンスは聞こえなかったふりをして人混みに紛れた。後はファルシスが適当に相手をするだろう。娘を心配してくれるのは有り難いが、今はこれ以上の厄介ごとは勘弁して欲しい気分だった。どうやら本当にユーリンダに惚れているらしいが、アルフォンスはバロック家との縁組みなど考えてもいなかったので、これがどういう結果に繋がるのかまるで予想もつかなかったが、預言と鍵の事に集中せねばならない時に、子ども達の色恋についてまで考える余裕はさすがにない。
宰相以下公爵達が並んでいる列の、スザナの隣になるべく自然な動作で入り込むと、ちょうど国王夫妻がかれらの前に差し掛かったので、周囲に合わせて恭しく頭を垂れて新郎新婦を見送った。国王は心からの、王妃は形だけの笑顔を向けてくる。ゆっくりとした歩みで歓声を浴びせる者達に手を振りながら夫妻は出口へ進んでいった。
「ユーリンダはどうしたの。大丈夫なの?」
小声でスザナが尋ねてくる。
「ああ、本当に、ちょっと人混みに酔っただけだ。済まない」
「済まない、じゃないわよ。あんな時にあんな悲鳴を上げて……皆びっくりしていたわ。ただそれだけにしては、あなたもなかなか戻って来ないし」
幼なじみの気兼ねのなさと生来の気の強さとが相まって、スザナは容赦ない。
「最初はなんだか判らなかったから心配でね」
「そうね……エーリクの事があったばかりだものね。わたくしもひやりとしたわ。でも医師が何ともないと言うのなら安心ね」
「あ、ああ……」
スザナの言葉に、アルフォンスはちょっと言葉に詰まった。あれだけ派手に倒れたのに医師を呼ばなかった事は、人によっては不審に思うだろう。だが、それでも敢えて誰も呼ばなかったのは、必要がなかったからではなく、もしも再び預言が降りた状態になって同じ言を繰り返したら、それを他人に聞かせてはまずいと思ったからだ。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
今はスザナにも真実は言えない。エーリクの死の真相も。
「明日、ルーン公邸にユーリンダ姫のお見舞いに伺ってもいいでしょうか?」
アルフォンスが行ってしまったので、ティラールはアルフォンスの後から来たファルシスに再度尋ねていた。
「おいでになるのは勿論有り難く存じますが、妹がお会いできる体調でなければ申し訳なく……」
ファルシスが言いかけるとティラールはそれを遮って、
「ご迷惑でなければいいのです。わたしがどれだけ姫を心配しているか伝われば、少しは姫のお気持ちも晴れましょう。ああ、ファルシス殿、ひとつ伺いたい事があるのです」
「なんでしょうか」
ファルシスは、この、話つきから身振りまで何もかも大袈裟な男に多少辟易していた。しかしティラールは、今は国王夫妻に注目すべき時だという事にすらまるで頓着せずにこんな事を言った。
「先ほどお父君は、国王陛下があまりご立派でいらっしゃるから姫の夢に出て来られたのだろう、などと仰いました。姫の男性のお好みは陛下のようなお方なのですか? わたしは陛下より少し大柄だと思いますが、姫は気になさると思われますか?」
今度こそファルシスは、呆れ顔を隠す事が出来なかった。だがティラールは、そこからユーリンダの方へ思いを馳せるように、ファルシスの黄金色の髪ばかりを見ていたので、その表情に気づく事もないように見えた。
『鍵を開けちゃ駄目』
『鍵を開けなくちゃ駄目』
突きつけられた二択。どちらが救いの道なのか。誤った方を選べば、暗殺者に背後から刺されて無残な死を受け入れなければならないのか。だがアルフォンスは、自分の為よりも、主君エルディス三世が自らの血に塗れるような事態を避ける為に考え続けた。まず、気にかかるのは『偽りの王』という言葉である。このヴェルサリアにはエルディス以外の王など居る筈もないのに、いったい何者を指すのか? 『真の王権』とユーリンダは言った。王権とは、人が人を統べる為にルルアが高貴なるただ一人の王に対して与え給うた絶対に揺るぎのない権利であり、即位式で新王エルディスが得たばかりのものである。王国の民は誰もが、人としては人たる個人の王に、だがルルアの恵みの下に生を受けた存在としては、現王から初代の王へ遡る全ての王たちがルルアから与えられた王権に対して臣従するのである。民の全てがそんな事を考えながら生きているのではない事くらい解っている。しかし少なくとも誇りを持つ貴族としてはそれを忘れてはならない。王国の建国以来二百五十年もの間、ルーン公爵家が八公国時代の殆どそのままに形を保ち、領内の自治を認められて来たのは、王権がそれを許したからである。アルフォンスは決して大貴族の地位に恋々とするものではないが、神が地にもたらした王権がそれを自分に与えたものならば、死ぬまでそれによって生じた義務と誇りを全うせねばならぬと当たり前のように考え、後継者である息子にも常々そう言い聞かせてきた。
預言の言葉が、このバルトリア大陸の中で辺境の未開の地を除くほぼ全てを統べるヴェルサリア王国以外の王権についてとは考えがたい。では、『真の』王権とは何を告げんが為の言葉なのか。想像するのも厭わしい事だが、まさかエルディスの王位継承には問題があったのだろうか。エルディスは母である前王妃によく似て、亡き父王に似たところはあまりない……。
鍵をどうすべきか。明日までの短い時間とはいえ、鍵を手にする事が出来たのもまた、ルルアの意思によるものならば、やはり、ただ持っているだけの為ではないだろう。間違っているかも知れないが、鍵の使い道について自分が予想している事を試す……手をこまねいているよりは行動する方が悔いは残るまい。真実を知る事こそが救いに近づく道であるとアルフォンスは思う。知る事によって危険を生む事を恐れて過ごすよりは、知った上で判断し、対処したい。或いはエーリクの遺志に背く事になるのかも知れないが、エーリクが自分の身の安全を案じてくれた礼を、死した彼に対してするならば、彼の無念を晴らす事以外考えられない……。
そこまで考えた時に、アデット・ホールの脇の小入り口に着いた。思った通りの頃合いで、国王夫妻退席の通告がなされ、拍手喝采のなか、新郎新婦が御座から正面の出入り口に向かって敷かれた、シルクウッド産の見事な織りの赤い長絨毯の上を通って、寝所のある王妃宮へ向かおうとしている所であった。考えは一旦脇に置いて、他の公爵達に並ぼうとアルフォンスは歩を急ぎ進めようとした。すると、誰かがかれを引き留めた。
「ユーリンダ姫のお加減はいかがですか?!」
ティラール・バロックだった。ユーリンダの信奉者も皆、今は国王夫妻に注目しているというのに、この若者だけは、それが一番の関心事らしい。有り難くもあったが今は煩わしくもあった。
「大丈夫です。娘は単に疲れただけなのです。何せ、宮廷にあがるのも初めての経験なのに、このように盛大な会で、興奮し過ぎてしまったようでしてね」
そう言ってさっさと傍を通り抜けようとした。だがその時、ティラールの口から飛び出した台詞がアルフォンスの足を止めた。
「偽りの王とはなんの事ですか?」
顔色を変えまいとアルフォンスは努力をせねばならなかった。誰にも聞かれていないと息子達は言っていたが、この男だけは聞き耳を立てていたのだ。この寿ぎの日に大きな影を差すあの不吉な預言を、よりによって、宰相の息子に聞かれるとは!
あれが預言であるなら巫女、或いはそれを聞いた者は神殿に報告する義務がある。だがユーリンダはまだ聖炎の神子ではないし、宗教儀式での預言ではないのだから、まずはアルマヴィラに帰ってカレリンダに相談しようと思っていた。国王の身に不吉が降りかからないよう、神殿からも何らかの対処をして貰わねばとは思うが、今日のこの日にこの場所でユーリンダの口から出た預言であるという事は伏せておきたかったのだ。正式な巫女でもないのに国王に関して不吉な預言をしたという事は、場合によっては不敬の罪に問われるからだ。勿論、その場を乗り切った以上は、後から知れたとしてもまさか大貴族の娘が罪を負う事にはならないだろうが、祝賀の席で不吉な預言をした娘、という印象は拭いがたいものになってしまう。
だが、ティラールがあれを聞き、父親の宰相に報告すればどうなるだろう。この席でエーリクが殺されただけでも相当な不吉であるというのに、重ねての不吉……。宰相は、この結婚に不吉が添えられるのを、或いは人々がそう思うのを、許しはしないだろう。国王を謀ってまで、エーリクが死んだ事実を曲げたくらいなのだから。恐らくこの預言もこの日に出たものだという事は伏せるだろう。だが、ユーリンダの事は……もしかしたら宰相は、『国王の結婚に不吉が』という印象を人々に持たせないが為に、ユーリンダの方を『不吉な言を振りまく娘』という存在に仕立て上げてしまうかも知れない。推測に過ぎないが、宰相ならばやりかねない。しかしまずは、ティラールがいったいどこまで話を聞いていたのかを確かめねばならない。
「偽りの王、とは不穏な言葉ですな。いったいどこでそんな言葉を聞かれたのです?」
まずはしらばくれて無難な返答をする。ティラールはその返しに驚いた風で、
「勿論、ユーリンダ姫があの時仰った事です」
とずばりと言ってのけた。アルフォンスは、無理に言葉を濁すのはかえって良くないと直ぐに悟り、
「あの時何を聞かれたのですか?」
と単刀直入に問うてみた。ティラールは考え込む顔になり、
「切れ切れとです。姫の兄上と従兄殿が、何か仰っている姫をすぐに端に連れて行かれてしまいましたから。意味の解らない言葉だったので、姫は高熱で譫言でも言っておられるのかと心配したのです」
と答える。この答えにアルフォンスはかなり安堵を感じた。ティラールはあれが預言だとは思っていない! 勿論、そういう振りをしているだけという可能性はあるが、よくよく考えれば、聖都アルマヴィラに暮らし、日頃から魔道の絡む神殿での式典について触れる機会があるからこそ、ファルシスもアトラウスもすぐに預言だと解ったのであり、普通の者が聞いても確かに、錯乱か譫言のようにしか思えないものかも知れない。無論それはそれであまり外聞の良い事ではないが、真実を知られるよりはずっと安全だった。
「娘は、怖い夢を見たと話していました。あまりに国王陛下がご立派であられるので、夢に偽物でも出てきたのかも知れません」
「『剣が胸に』というような言葉も聞こえました」
「偽物の王が成敗されたという夢の結末かも知れません……真なる国王陛下の御手によって」
そう言ってアルフォンスは微笑した。こんな事は何でもない事だったのだと思わせなければならない。それにさっさと会話を打ち切って、他の公爵達と並ばねばならない。宰相が、こんな時に息子がルーン公爵を足止めして何か話していると気づけば、必ず話の内容を詳しく息子から聞き出そうとするだろう。今なら、ただ人に酔って倒れたユーリンダが何か寝言を言っていた、というだけの事にしてしまえる。
「今から姫のもとへ、お見舞いに伺ってもよろしいですか?」
「娘はもう館へ帰らせる所です。お気持ちは伝えておきます。ありがとうございます」
そう言うとアルフォンスはさっさと前へ歩き出した。
「あのっ、明日は……」
とティラールが追いすがるように言いかけたが、アルフォンスは聞こえなかったふりをして人混みに紛れた。後はファルシスが適当に相手をするだろう。娘を心配してくれるのは有り難いが、今はこれ以上の厄介ごとは勘弁して欲しい気分だった。どうやら本当にユーリンダに惚れているらしいが、アルフォンスはバロック家との縁組みなど考えてもいなかったので、これがどういう結果に繋がるのかまるで予想もつかなかったが、預言と鍵の事に集中せねばならない時に、子ども達の色恋についてまで考える余裕はさすがにない。
宰相以下公爵達が並んでいる列の、スザナの隣になるべく自然な動作で入り込むと、ちょうど国王夫妻がかれらの前に差し掛かったので、周囲に合わせて恭しく頭を垂れて新郎新婦を見送った。国王は心からの、王妃は形だけの笑顔を向けてくる。ゆっくりとした歩みで歓声を浴びせる者達に手を振りながら夫妻は出口へ進んでいった。
「ユーリンダはどうしたの。大丈夫なの?」
小声でスザナが尋ねてくる。
「ああ、本当に、ちょっと人混みに酔っただけだ。済まない」
「済まない、じゃないわよ。あんな時にあんな悲鳴を上げて……皆びっくりしていたわ。ただそれだけにしては、あなたもなかなか戻って来ないし」
幼なじみの気兼ねのなさと生来の気の強さとが相まって、スザナは容赦ない。
「最初はなんだか判らなかったから心配でね」
「そうね……エーリクの事があったばかりだものね。わたくしもひやりとしたわ。でも医師が何ともないと言うのなら安心ね」
「あ、ああ……」
スザナの言葉に、アルフォンスはちょっと言葉に詰まった。あれだけ派手に倒れたのに医師を呼ばなかった事は、人によっては不審に思うだろう。だが、それでも敢えて誰も呼ばなかったのは、必要がなかったからではなく、もしも再び預言が降りた状態になって同じ言を繰り返したら、それを他人に聞かせてはまずいと思ったからだ。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
今はスザナにも真実は言えない。エーリクの死の真相も。
「明日、ルーン公邸にユーリンダ姫のお見舞いに伺ってもいいでしょうか?」
アルフォンスが行ってしまったので、ティラールはアルフォンスの後から来たファルシスに再度尋ねていた。
「おいでになるのは勿論有り難く存じますが、妹がお会いできる体調でなければ申し訳なく……」
ファルシスが言いかけるとティラールはそれを遮って、
「ご迷惑でなければいいのです。わたしがどれだけ姫を心配しているか伝われば、少しは姫のお気持ちも晴れましょう。ああ、ファルシス殿、ひとつ伺いたい事があるのです」
「なんでしょうか」
ファルシスは、この、話つきから身振りまで何もかも大袈裟な男に多少辟易していた。しかしティラールは、今は国王夫妻に注目すべき時だという事にすらまるで頓着せずにこんな事を言った。
「先ほどお父君は、国王陛下があまりご立派でいらっしゃるから姫の夢に出て来られたのだろう、などと仰いました。姫の男性のお好みは陛下のようなお方なのですか? わたしは陛下より少し大柄だと思いますが、姫は気になさると思われますか?」
今度こそファルシスは、呆れ顔を隠す事が出来なかった。だがティラールは、そこからユーリンダの方へ思いを馳せるように、ファルシスの黄金色の髪ばかりを見ていたので、その表情に気づく事もないように見えた。