炎獄の娘
31・不信
リッターも程なく意識を取り戻し、鍵を奪われた事を聞くと残念がった。だがスザナは、元々の目的は既に忘れてしまったかのように無関心でぼんやりしているように見えた。元々、他の二人とは違い、香を嗅いだ当初は錯乱していた様子もあった事で、アルフォンスは香が彼女の身体に何か悪影響を及ぼしたのではないかと心配になり始めた。
「とにかくここは空気が悪すぎる。早く外に出よう」
そう言うと、アルフォンスはスザナの肩を抱いて手探りで下りてきた階段の方へ向かった。先程まで、ダルシオンのランタンの灯りがあるうちにと、話しながらもなるべく方向やものの配置を記憶するようにしていたので、闇の中でも簡単に階段を見つける事が出来た。
「こっちだ、リッター、エクリティス。スザナ、足元に気をつけて。そこから段がある」
「見えるんですか?」
と、やや訝しげにリッターが問う。
「賊が灯りを持っていたので周囲の様子を覚えた」
すかさずアルフォンスは返したが、リッターは、そうですか、とやや得心の行ってなさそうな返事をした。思ったより鋭いな、とアルフォンスは気を引き締めた。真闇の中で三人を質にとられての事ならばともかく、周囲の様子がわかるような状況で、あっさりとアルフォンスが鍵を手放したという話に、疑念を持っているのだろう。だが、とにかく、ダルシオンの話からある程度の事情が判明した今、これ以上リッターとスザナを関わらせる事だけは避けなくてはならない。確かにこれはヴィーン家の問題であるし、二人が万が一にも鍵を手にするような事になれば、それは二人がエーリクと同じ運命を辿ることに繋がってしまう。
(『鍵を開けちゃ駄目』が正解だったのか……)
ユーリンダの言葉を思い出し、アルフォンスは溜息をついた。ダルシオンの考え方に全面的に賛同は出来ないが、彼が来てくれた事で重大な危機を回避する事が出来たのは動かしようのない事実である。もっと丁寧に礼を言うべきだったなと後悔した。ダルシオンが相手だと、どうにもはなから身構えてしまっていけない。
四人は階段を上がり、無言のまま建物の外へ出た。まだ暗いが、微かに暁の気配が感じられる。
「急いで戻らねば。スザナ、大丈夫か? まったく無駄足を踏ませてしまって申し訳ない」
アルフォンスの言葉にスザナはまだぼんやりした様子で黙って頷いたが、リッターは、
「あんな罠を仕掛けてまで鍵を奪い返そうとしたという事は、鍵はここの地下の鍵に間違いはなかったのですし、エーリクを殺した者にとって極めて重大な意味を持つものなのだと判ったではありませんか。これは収穫です」
と応えた。
「あ、ああ、それはそうだな」
確かに、ここへ足を運んだおかげで、エーリクが何故死んだのかはアルフォンスには解った。しかしそれをリッターに教える訳にはいかない。
「どうにか、鍵を壊すなりして中を確かめる手段はないでしょうか」
「とんでもない! 今回の罠はいわば警告だった。我々が無傷で済んだのは、大人しく鍵を渡し、今後一切あの扉について関心を持たないと誓ったからだ。その誓いを破れば、行き着く運命はエーリクと同じものだ」
リッターの言葉にアルフォンスは血相を変えて反対した。そんなアルフォンスをリッターはじっと見つめ返す。
「さっきまでと比べてやけに弱気じゃありませんか。あなたらしくない……いったいどんな賊だったのですか?」
「黒ずくめで顔などまったく判らなかった。だが、わたしが否と言えば、少なくとも、まったくの無防備だったきみたちは間違いなく全員殺されていた。それくらいの相手の考えは読める」
「あの場ではそうだったかも知れません。しかし賊は鍵を手に入れた事で満足して去っていったのでしょう? 普段のあなたなら、どうにかしてもう一度、敵の裏をかき、秘密を知る方法を考えようとする筈だ……エーリクの為に」
「エーリクは自分の為に我々が危険な目に遭うのを望んだりはしない。敵は我々が誓いを護ると確信するまで、ずっと我々を陰から見張っている筈だ」
「誓いを立てたのはあなただけです、アルフォンス。私は納得できない」
アルフォンスはリッターの強情さに苛立ちを隠せなかった。やはり事情を打ち明けたりするのではなかった。危険な事は充分に予見できていたのだから、適当に話を誤魔化しながら、茶に一服盛って眠らせてでも、王宮に置いてくるべきだったのだ。
「リッター……きみたちを危険に晒してしまった事をわたしは心底悔いているんだ。エーリクは扉の中にあるものを見てしまった為に殺された。言い換えれば、見さえしなければ殺される事はないんだ。だから、もうこの事は一切口にせず、忘れてしまうのが賢明だ」
「大貴族を暗殺するような輩を放置して保身の為に知らなかった事にしようなど、いつものあなたの言葉とはとても思えません。本当の事を言って下さい。私たちが眠っている間に……」
「ブルーブラン公殿下。お話し中、大変恐れ入りますが、今は早くここを去らなければなりません。ローズナー公殿下もご気分が優れられぬようですし、夜が明ければ人目に立ちます」
リッターの言葉を遮ったのはエクリティスだった。リッターは不機嫌そうにエクリティスを見返したが、彼の言葉が正しい事は認めざるを得ず、渋々頷くと黙って入って来た門の方へ歩き出した。
「ありがとう、エク」
「本当の事を申し上げただけです。さあ、アルフォンス様もお早く」
「ああ。……スザナ、大丈夫かい? 少しは気分は良くなったか」
「ええ。あの香にすっかり酔ってしまったのね。まだ少し胸がもやつくけれど、大丈夫よ」
ようやくスザナが、いつもよりずっと弱々しくもまともな返事をしてくれたので、アルフォンスは少しほっとして、彼女の手をとって歩き出した。
『本当の事を言って下さい。私たちが眠っている間に……』
「ブルーブラン公殿下はお疑いになっておられます。アルフォンス様が……」
エクリティスがそっと囁いた。
「ああ」
溜息のように応え、アルフォンスは再び通りに出る為にフードを目深に被った。
「わかっているさ……」
三人が、或いはリッターとスザナが眠っている間に、アルフォンスは一人で、もしくは眠ったふりをした騎士団長と共に鍵を開けて中を見たのではないか。その秘密があまりに重大なものであった為に、アルフォンスはそれを独り占めしようとしているのではないか。リッターがそのように思うのも無理のない状況ではあった。眠りの香がアルフォンスひとりのみに効かなかった、というだけで不審を抱くには充分な材料だ。実の兄を廃して公爵位を得たリッターである。他人を疑う用心深さがなければそのような行動を成功させるのは難しいであろう。
彼の為にと思い事実を伏せる事が彼からの信用を損ねてしまうのは、何ともすっきりしない気分だった。だが、幼馴染みのエーリクやスザナと違い、リッターとは元々心を許しきった間柄ではない。王国の七本柱の同志として心を合わせ王家に忠誠を尽くせるよう……シャサール・バロックとの間のような確執を生まぬよう、親しみを込めて接してはきたが、元々宮廷は己の立身出世を望む欲の世界であり、真の友情や親愛を育む事は極めて難しい。恋人同士でさえ、己の利益の為ならば裏切りも辞さないところで、誰かに全幅の信頼を寄せるような甘い気持ちでいては、いつか足をすくわれる事になる。ただでさえ、エーリクの死を知る者は皆神経過敏になっているのだ。冒険気分でお忍びの探索に付いて来てはみたものの、殺されてもそうと気づきもしなかったかも知れぬような無防備な状態に置かれてしまった事で、改めて、若いリッターもこの秘密の重大さを思い知り、誠実で知られるルーン公さえも信を置けぬと感じたのかも知れない。
(仕方がない……猊下が来られて鍵を持っていかれた、などと言える訳もない!)
それを口にする事は、自分とダルシオン、リッターを死地に追いやる事と同義だ。ただの教訓話と思っていた言い伝えが今も生きているならば、『闇』は狙いを定めた相手を確実に仕留めてきたという……エーリクに対してしたように。
(エーリクはただ、子どもの頃の好奇心を蘇らせたに過ぎない。あんなに口の堅い男もいなかったものを……何故、殺す必要があったのだ!)
『普段のあなたなら、どうにかしてもう一度、敵の裏をかき、秘密を知る方法を考えようとする筈だ……エーリクの為に』
リッターの先程の言葉が改めて胸に刺さる。だが、秘密は知ってはいけないものだという戒めと、抗ってはダルシオンにも類が及ぶという現実がアルフォンスを押しとどめる。そりは合わなくとも、ダルシオンは傑物であり、若い新王に必要な人物である事は認めるしかないし、窮地を救ってくれた人でもある。
改めて、エーリクを殺したものへの怒りがこみ上げた。そんなあるじの様子を、エクリティスは心配げに見やった。
エクリティスは鍵束を門番の小屋に戻した。こんな事件があったとは露も知らず、気持ちよさそうに寝こけている門番を残し、四人は通りに出た。
遠く、王宮前広場からは、まだ微かに祝い騒ぐ民衆の声や音が流れてくる。夜通し騒いでいたのだ。王国の祝賀の宴が、随分と前の事のようにアルフォンスには感じられた。
「早く戻りましょう」
硬い声でリッターが言った。
「そうだな」
と短くアルフォンスは応じた。スザナはアルフォンスの肩に寄りかかり、まだ気分が悪そうな様子である。その時……、
「ぐぇぇぇっ!!」
背後から、妙な呻き声がした。スザナも含めた四人ははっと身を強ばらせた。振り返ると、閉めてきた王立図書館の裏門が開き、男が一人、おぼつかない足取りでまろび出てきた。三人の大貴族と騎士団長が見守る中、男は自らの喉をかきむしるように悶え、やがてがっくりと膝をつき、倒れた。エクリティスが素早く男に駆け寄ったが、すぐに顔を上げ、首を振って、
「死にました」
と告げた。男は、さっきまでエクリティスの盛った眠り薬で眠っていた門番だった。
「そんな……どうして」
スザナは青ざめ、アルフォンスの腕に無意識に指を食い込ませる。アルフォンスは厳しい表情でスザナに言った。
「わたしの傍を離れるな」
その手はマントの下のレイピアの柄をきつく握っている。エクリティスが素早く駆け寄る。
「なんなんです、いったい」
先に立っていたリッターは、不穏は感じるものの敵の気配までは掴めないらしい。
「申し訳ありません。ほんの今まで読み切れませんでした」
エクリティスの言葉にアルフォンスは頷き、
「わたしもだ。リッター、スザナ、気をつけろ。害意を持った敵が潜んでいる」
と警告した。
「とにかくここは空気が悪すぎる。早く外に出よう」
そう言うと、アルフォンスはスザナの肩を抱いて手探りで下りてきた階段の方へ向かった。先程まで、ダルシオンのランタンの灯りがあるうちにと、話しながらもなるべく方向やものの配置を記憶するようにしていたので、闇の中でも簡単に階段を見つける事が出来た。
「こっちだ、リッター、エクリティス。スザナ、足元に気をつけて。そこから段がある」
「見えるんですか?」
と、やや訝しげにリッターが問う。
「賊が灯りを持っていたので周囲の様子を覚えた」
すかさずアルフォンスは返したが、リッターは、そうですか、とやや得心の行ってなさそうな返事をした。思ったより鋭いな、とアルフォンスは気を引き締めた。真闇の中で三人を質にとられての事ならばともかく、周囲の様子がわかるような状況で、あっさりとアルフォンスが鍵を手放したという話に、疑念を持っているのだろう。だが、とにかく、ダルシオンの話からある程度の事情が判明した今、これ以上リッターとスザナを関わらせる事だけは避けなくてはならない。確かにこれはヴィーン家の問題であるし、二人が万が一にも鍵を手にするような事になれば、それは二人がエーリクと同じ運命を辿ることに繋がってしまう。
(『鍵を開けちゃ駄目』が正解だったのか……)
ユーリンダの言葉を思い出し、アルフォンスは溜息をついた。ダルシオンの考え方に全面的に賛同は出来ないが、彼が来てくれた事で重大な危機を回避する事が出来たのは動かしようのない事実である。もっと丁寧に礼を言うべきだったなと後悔した。ダルシオンが相手だと、どうにもはなから身構えてしまっていけない。
四人は階段を上がり、無言のまま建物の外へ出た。まだ暗いが、微かに暁の気配が感じられる。
「急いで戻らねば。スザナ、大丈夫か? まったく無駄足を踏ませてしまって申し訳ない」
アルフォンスの言葉にスザナはまだぼんやりした様子で黙って頷いたが、リッターは、
「あんな罠を仕掛けてまで鍵を奪い返そうとしたという事は、鍵はここの地下の鍵に間違いはなかったのですし、エーリクを殺した者にとって極めて重大な意味を持つものなのだと判ったではありませんか。これは収穫です」
と応えた。
「あ、ああ、それはそうだな」
確かに、ここへ足を運んだおかげで、エーリクが何故死んだのかはアルフォンスには解った。しかしそれをリッターに教える訳にはいかない。
「どうにか、鍵を壊すなりして中を確かめる手段はないでしょうか」
「とんでもない! 今回の罠はいわば警告だった。我々が無傷で済んだのは、大人しく鍵を渡し、今後一切あの扉について関心を持たないと誓ったからだ。その誓いを破れば、行き着く運命はエーリクと同じものだ」
リッターの言葉にアルフォンスは血相を変えて反対した。そんなアルフォンスをリッターはじっと見つめ返す。
「さっきまでと比べてやけに弱気じゃありませんか。あなたらしくない……いったいどんな賊だったのですか?」
「黒ずくめで顔などまったく判らなかった。だが、わたしが否と言えば、少なくとも、まったくの無防備だったきみたちは間違いなく全員殺されていた。それくらいの相手の考えは読める」
「あの場ではそうだったかも知れません。しかし賊は鍵を手に入れた事で満足して去っていったのでしょう? 普段のあなたなら、どうにかしてもう一度、敵の裏をかき、秘密を知る方法を考えようとする筈だ……エーリクの為に」
「エーリクは自分の為に我々が危険な目に遭うのを望んだりはしない。敵は我々が誓いを護ると確信するまで、ずっと我々を陰から見張っている筈だ」
「誓いを立てたのはあなただけです、アルフォンス。私は納得できない」
アルフォンスはリッターの強情さに苛立ちを隠せなかった。やはり事情を打ち明けたりするのではなかった。危険な事は充分に予見できていたのだから、適当に話を誤魔化しながら、茶に一服盛って眠らせてでも、王宮に置いてくるべきだったのだ。
「リッター……きみたちを危険に晒してしまった事をわたしは心底悔いているんだ。エーリクは扉の中にあるものを見てしまった為に殺された。言い換えれば、見さえしなければ殺される事はないんだ。だから、もうこの事は一切口にせず、忘れてしまうのが賢明だ」
「大貴族を暗殺するような輩を放置して保身の為に知らなかった事にしようなど、いつものあなたの言葉とはとても思えません。本当の事を言って下さい。私たちが眠っている間に……」
「ブルーブラン公殿下。お話し中、大変恐れ入りますが、今は早くここを去らなければなりません。ローズナー公殿下もご気分が優れられぬようですし、夜が明ければ人目に立ちます」
リッターの言葉を遮ったのはエクリティスだった。リッターは不機嫌そうにエクリティスを見返したが、彼の言葉が正しい事は認めざるを得ず、渋々頷くと黙って入って来た門の方へ歩き出した。
「ありがとう、エク」
「本当の事を申し上げただけです。さあ、アルフォンス様もお早く」
「ああ。……スザナ、大丈夫かい? 少しは気分は良くなったか」
「ええ。あの香にすっかり酔ってしまったのね。まだ少し胸がもやつくけれど、大丈夫よ」
ようやくスザナが、いつもよりずっと弱々しくもまともな返事をしてくれたので、アルフォンスは少しほっとして、彼女の手をとって歩き出した。
『本当の事を言って下さい。私たちが眠っている間に……』
「ブルーブラン公殿下はお疑いになっておられます。アルフォンス様が……」
エクリティスがそっと囁いた。
「ああ」
溜息のように応え、アルフォンスは再び通りに出る為にフードを目深に被った。
「わかっているさ……」
三人が、或いはリッターとスザナが眠っている間に、アルフォンスは一人で、もしくは眠ったふりをした騎士団長と共に鍵を開けて中を見たのではないか。その秘密があまりに重大なものであった為に、アルフォンスはそれを独り占めしようとしているのではないか。リッターがそのように思うのも無理のない状況ではあった。眠りの香がアルフォンスひとりのみに効かなかった、というだけで不審を抱くには充分な材料だ。実の兄を廃して公爵位を得たリッターである。他人を疑う用心深さがなければそのような行動を成功させるのは難しいであろう。
彼の為にと思い事実を伏せる事が彼からの信用を損ねてしまうのは、何ともすっきりしない気分だった。だが、幼馴染みのエーリクやスザナと違い、リッターとは元々心を許しきった間柄ではない。王国の七本柱の同志として心を合わせ王家に忠誠を尽くせるよう……シャサール・バロックとの間のような確執を生まぬよう、親しみを込めて接してはきたが、元々宮廷は己の立身出世を望む欲の世界であり、真の友情や親愛を育む事は極めて難しい。恋人同士でさえ、己の利益の為ならば裏切りも辞さないところで、誰かに全幅の信頼を寄せるような甘い気持ちでいては、いつか足をすくわれる事になる。ただでさえ、エーリクの死を知る者は皆神経過敏になっているのだ。冒険気分でお忍びの探索に付いて来てはみたものの、殺されてもそうと気づきもしなかったかも知れぬような無防備な状態に置かれてしまった事で、改めて、若いリッターもこの秘密の重大さを思い知り、誠実で知られるルーン公さえも信を置けぬと感じたのかも知れない。
(仕方がない……猊下が来られて鍵を持っていかれた、などと言える訳もない!)
それを口にする事は、自分とダルシオン、リッターを死地に追いやる事と同義だ。ただの教訓話と思っていた言い伝えが今も生きているならば、『闇』は狙いを定めた相手を確実に仕留めてきたという……エーリクに対してしたように。
(エーリクはただ、子どもの頃の好奇心を蘇らせたに過ぎない。あんなに口の堅い男もいなかったものを……何故、殺す必要があったのだ!)
『普段のあなたなら、どうにかしてもう一度、敵の裏をかき、秘密を知る方法を考えようとする筈だ……エーリクの為に』
リッターの先程の言葉が改めて胸に刺さる。だが、秘密は知ってはいけないものだという戒めと、抗ってはダルシオンにも類が及ぶという現実がアルフォンスを押しとどめる。そりは合わなくとも、ダルシオンは傑物であり、若い新王に必要な人物である事は認めるしかないし、窮地を救ってくれた人でもある。
改めて、エーリクを殺したものへの怒りがこみ上げた。そんなあるじの様子を、エクリティスは心配げに見やった。
エクリティスは鍵束を門番の小屋に戻した。こんな事件があったとは露も知らず、気持ちよさそうに寝こけている門番を残し、四人は通りに出た。
遠く、王宮前広場からは、まだ微かに祝い騒ぐ民衆の声や音が流れてくる。夜通し騒いでいたのだ。王国の祝賀の宴が、随分と前の事のようにアルフォンスには感じられた。
「早く戻りましょう」
硬い声でリッターが言った。
「そうだな」
と短くアルフォンスは応じた。スザナはアルフォンスの肩に寄りかかり、まだ気分が悪そうな様子である。その時……、
「ぐぇぇぇっ!!」
背後から、妙な呻き声がした。スザナも含めた四人ははっと身を強ばらせた。振り返ると、閉めてきた王立図書館の裏門が開き、男が一人、おぼつかない足取りでまろび出てきた。三人の大貴族と騎士団長が見守る中、男は自らの喉をかきむしるように悶え、やがてがっくりと膝をつき、倒れた。エクリティスが素早く男に駆け寄ったが、すぐに顔を上げ、首を振って、
「死にました」
と告げた。男は、さっきまでエクリティスの盛った眠り薬で眠っていた門番だった。
「そんな……どうして」
スザナは青ざめ、アルフォンスの腕に無意識に指を食い込ませる。アルフォンスは厳しい表情でスザナに言った。
「わたしの傍を離れるな」
その手はマントの下のレイピアの柄をきつく握っている。エクリティスが素早く駆け寄る。
「なんなんです、いったい」
先に立っていたリッターは、不穏は感じるものの敵の気配までは掴めないらしい。
「申し訳ありません。ほんの今まで読み切れませんでした」
エクリティスの言葉にアルフォンスは頷き、
「わたしもだ。リッター、スザナ、気をつけろ。害意を持った敵が潜んでいる」
と警告した。