炎獄の娘
33・決意
リッターの言葉は胸に重く突き刺さり、アルフォンスは咄嗟に言葉を返せなかった。代わりにスザナが、
「なによ、だってその為にわたくしたちが死ぬような事になっては何にもならないじゃないの。エーリクは暗殺の魔の手が迫っている事を知っていながら、それから逃れられなかった。わたくしたちにだってどうしようもないわ。暗殺者にびくびくしながら毎日過ごすなんてごめんだわ。アルフォンスの言う事が正しいわよ。あなたのは蛮勇でしかないわ」
「後悔しながら過ごすよりはびくびくしながら過ごす方がましというものです。アルフォンスが捕らえた男を放されると仰るなら好きになさればいいが、騎士団長の捕らえた方は、私の手柄も含まれています。私はこの男を金獅子騎士団に引き渡します」
リッターは猿轡を噛まされた男の襟元をぐいと引っ張った。若い男は冷ややかな目でリッターをちらりと見上げたが、すぐに元通り視線を地面に落とした。アルフォンスは、かれらしくもなく、どうしたらいいのかと激しい不安に襲われた。このままでは確実にリッターはエーリクと同じ運命を辿る事になりそうだ。いやしかし、ダルシオンが鍵を持っている以上、結局いくら調べてもリッターには扉を開ける事など出来はしない。その場合、『闇』は彼を見逃すだろうか? 判らない……だが、先程のリッターを挑発するような男の態度から考えると、少なくともこの男は、リッターを消したがっているし、リッターの態度が充分にその理由となると思っているようだ。そもそも、あの扉の向こうに秘密があると知ってしまっただけでも、アルフォンスもスザナも危険な領域ぎりぎりの所にいると言っていい。もしかれらが大貴族でなければ、『闇』は、その信じる『ルルアの正義』の名のもとにさっさと始末してしまっていただろう……あの門番の男のように。哀れなあの男の事を考えると、怒りが増し、その分安全に対する不安は小さくなってゆく。
「こやつらの薄汚いやり口が許せぬのはわたしも同じだ。どこの民であろうと罪は等しく罪。さっきの言葉は聞き捨てならないな」
アルフォンスはリッターに言った。アルマヴィラの民だから逃がしてやるのか、というリッターの問いの事だ。
「私だって、本気であなたがそんな理由で逃がしたがっていると思っている訳ではありません。しかし、そうでないと仰るなら、何故なのか、私が納得出来る理由を聞かせて頂きたい。自害するから、などとは言い訳にもならない。あなたもこの男が罪ありと見なしているのなら、放してやるよりは自害させる方がましな結末だと考えるのが普通でしょう」
襲って来た者がアルマヴィラの民であったこと、その者を許し、放してやろうとすること……アルフォンスにはリッターがこのことで、地下で抱いた不信を更に強めているのが感じられた。即ち、襲いかかって来たのは茶番であり、この者たちは元々アルフォンスの配下なのではないか、という疑いに変わりつつあるのだ。理由を説明出来なければ、そう思われてもおかしくない状況。しかし、この疑いを解かない限り、リッターは二度とアルフォンスの言葉に耳を貸さないだろう。
「きみの言う事、考えている事は尤もな事ばかりだ。だがわたしはそれは誤解だと言うしかない。皆の安全を考え、我々に敵意がない事を示す為に、わたしはこの者達をあるじの元へ返し、それを伝えさせようと思った。きみやスザナの安全の保証の為なら、多少の正義を犠牲にするのもやむなし、と。だが、わたしのやり方ではきみをかえって危険に向かわせるばかりだと判った今、正義から目を背ける必要はなくなった」
「…………」
アルフォンスは捕虜に向かって尋ねた。
「門番の男を殺したのはどちらか」
「私です」
年かさの男が平然と応えた。
「何故殺した? あの男は自分が護る門の中に何があるか知っていたとでも言うのか?」
「いいえ、あれはただの平凡な小役人、この祝賀の夜に運悪く当直にあたってしまい、こんな日にどんな奴が図書館なんかに用があるというんだ、とこぼしていたようなつまらぬ男に過ぎませぬ。しかし、己の罪を知らずとも、罪は罪。秘密を危険に晒した罪は死をもって償わせねば、ルルアの御心に沿えませぬ」
「黙れ! その穢らわしい口でルルアの御名を口にするな。ルルアはそのような狭量な神ではない。悔い改める者には救いを下さる。そなたは聖典を読んだ事もないのか」
「聖典など、ルルアの本質の一部を記したものに過ぎませぬ。我があるじこそ、聖典などよりずっと、ルルアの御心を理解しておられる」
「戯れ言を! 殺した理由はそれだけか」
「勿論、先程申し上げた通り、皆様に警告申し上げる意図もございました。我々とて、わざわざ人を殺したくなどありません。ですが、あの、なんでもない男ひとりの死で、大貴族のお三方が、秘密から遠ざかり、長生きして頂く事が出来れば、それがバルトリアの安泰に繋がり、我々にとってもあの男にとっても、望ましい事でございましょう」
「……そなたの考え方はよく解った。もう一つ聞きたい。そなた達はエーリクの件にも直接関わっていたのか」
「私は此度王都へ派遣された者の頭です。私がグリンサム公殿下に、ルルアのご意志により死の裁定が下された事をご説明申し上げたのです。そして、秘密を洩らせば惨たらしい死が殿下ばかりかご家族にも及ぶ事、もし護って頂ければ、緩やかな穏やかな死が与えられ、罪は許されてルルアの国へ迎えられるだろうという事をも。殿下は黙ってお聞き下さいました。ご立派でいらっしゃいました」
エーリクを脅し、その死の運命から逃れる事が敵わぬように縛り付けた事を、寧ろ何かの手柄ででもあるかのごとく男は語り、微かに笑みさえ浮かべてエーリクを讃えた。
徐々に、膨れあがっていた怒りの波は引いてゆき、代わって訪った苦痛と哀しみが冷静さをもたらしてくれた。己の運命を知らされた時、エーリクは何を思っただろうか……。振り返ったアルフォンスの顔はやや青ざめ、朝の光に取って代わられる前の弱々しい星の瞬きが、黄金色の髪をほのかに暗がりに浮かび上がらせているようだった。
「エクリティス、すまないが剣を貸してくれ」
「何をなさるおつもりなのです」
「わたしがすべき事をだ」
エクリティスははっとしてあるじに言葉を返した。
「何を仰います。王宮の外、王家の管轄地で起こった事は金獅子騎士の管轄であり責任です」
「これはアルマヴィラの民だ。そして我々を襲ってきたのだ。わたしにも権限がある」
「そういう事ではありません。どうしてもと仰るなら私にお任せ下さい。私が皆様をお護りする為にやった事にします」
エクリティスには既にアルフォンスがしようとしている事が解っていた。細かな事情は知らずとも、それが、得体の知れない敵の怒りを増幅させる危険な行為であるという事も。だがアルフォンスは敢えて厳しい声を出した。
「わたしの言う事が聞けないと言うのか。そなたには別の仕事がある。スザナを護衛して先に王宮に戻ってくれ」
「アルフォンス様! お傍を離れるなど……!」
「大丈夫だ、今夜はこれ以上の危険はもうない。警告は受け止めたのだから。ただ、スザナには見せたくない。頼む」
「…………承りました」
こうと決めたら動かないあるじの気質は知り尽くしている。エクリティスは剣帯を外してアルフォンスに渡した。
「なんなの、何をするつもりなのよ?」
除け者にされると感じたスザナが不服そうに尋ねたが、アルフォンスはきっぱりと、
「きみは疲れているし気分もまだ優れないんだろう。もうこれ以上関わり合いになってはいけない。先に帰っていてくれ。夜が明けたら見舞いに行くから」
と言った。
「それは、もう、こんな事はこりごりだけれど……エクリティスを借りてもいいの?」
「ああ、彼がいれば王宮まで危険な事はないさ。だが気をつけて」
「ローズナー公殿下、お腰のものをお預け願えますか。万が一の時に素手では」
スザナは素直にエクリティスに腰のレイピアを渡すと、疲れた様子でそれ以上詮索しなかったが、
「明日何がどうなったのか、聞かせて頂戴ね。わたくしが知っても大丈夫だとあなたが判断した事だけで良いから」
とだけアルフォンスに言い置いた。
「気をつけて、スザナ。また明日お会いしましょう」
硬い表情でリッターが声をかける。
「もうとっくに日付は変わっているのだけどね」
そう応えてスザナはエクリティスを従えて門から出て行った。
「リッター、礼を言う。きみの強い意志のおかげで、わたしは正義を貫く事が出来る」
「なんの事です、いったい。何をして見せようというおつもりなんですか?」
リッターは疑わしげにアルフォンスを見ている。騎士団長の剣を借り、スザナを去らせ、この場にはアルフォンスとリッター、そして賊の二人だけとなった。もしもこの賊がルーン公の配下の者であったら……と想像し、身を硬くしている様子が窺えた。アルフォンスは思わず苦笑した。
「何も心配はいらない、リッター。もう充分だ。思いもせぬ事ばかりが起きて、わたしも動揺していたんだろうな。ルルアが示す道は常にひとつ。正義を貫く事だけだ。それを忘れようとは……」
「何が仰りたいんですか」
「リッター、我々はエーリクを殺したものが何であるのかを知る為にここに来た。そしてそれが判った。この者が全て白状した。それで充分ではないかね?」
「しかしあの鍵は……」
「あの奥にあるものを知ってはならない、これは確かに、伝説の神子の時代から聖都に伝わる禁忌の掟なのだ。だからわたしもあれについては決して知ろうとはしない。きみもそう誓って欲しい」
『扉を開けちゃ駄目』
未来の聖炎の神子が告げたのだ。掟は守らねばならない。
「しかし、それでは結局エーリクが殺された真の理由は判らないままです」
「理由はもう判ったじゃないか。この者たちだ。ルルアのご意志を曲げて語り、罪なき者のいのちを奪う輩……」
アルフォンスはエクリティスのロングソードを剣帯から引き抜き、剣帯を地面に投げ捨てた。そして何の躊躇いもなくその刃を己の左腕に押し当てた。
「何をするのです!」
驚いたリッターが叫び声を上げたが、アルフォンスは微笑して彼を止めた。刃先はかれの白い腕を浅く傷つけ、一筋の線となって赤い血が滴った。
「なによ、だってその為にわたくしたちが死ぬような事になっては何にもならないじゃないの。エーリクは暗殺の魔の手が迫っている事を知っていながら、それから逃れられなかった。わたくしたちにだってどうしようもないわ。暗殺者にびくびくしながら毎日過ごすなんてごめんだわ。アルフォンスの言う事が正しいわよ。あなたのは蛮勇でしかないわ」
「後悔しながら過ごすよりはびくびくしながら過ごす方がましというものです。アルフォンスが捕らえた男を放されると仰るなら好きになさればいいが、騎士団長の捕らえた方は、私の手柄も含まれています。私はこの男を金獅子騎士団に引き渡します」
リッターは猿轡を噛まされた男の襟元をぐいと引っ張った。若い男は冷ややかな目でリッターをちらりと見上げたが、すぐに元通り視線を地面に落とした。アルフォンスは、かれらしくもなく、どうしたらいいのかと激しい不安に襲われた。このままでは確実にリッターはエーリクと同じ運命を辿る事になりそうだ。いやしかし、ダルシオンが鍵を持っている以上、結局いくら調べてもリッターには扉を開ける事など出来はしない。その場合、『闇』は彼を見逃すだろうか? 判らない……だが、先程のリッターを挑発するような男の態度から考えると、少なくともこの男は、リッターを消したがっているし、リッターの態度が充分にその理由となると思っているようだ。そもそも、あの扉の向こうに秘密があると知ってしまっただけでも、アルフォンスもスザナも危険な領域ぎりぎりの所にいると言っていい。もしかれらが大貴族でなければ、『闇』は、その信じる『ルルアの正義』の名のもとにさっさと始末してしまっていただろう……あの門番の男のように。哀れなあの男の事を考えると、怒りが増し、その分安全に対する不安は小さくなってゆく。
「こやつらの薄汚いやり口が許せぬのはわたしも同じだ。どこの民であろうと罪は等しく罪。さっきの言葉は聞き捨てならないな」
アルフォンスはリッターに言った。アルマヴィラの民だから逃がしてやるのか、というリッターの問いの事だ。
「私だって、本気であなたがそんな理由で逃がしたがっていると思っている訳ではありません。しかし、そうでないと仰るなら、何故なのか、私が納得出来る理由を聞かせて頂きたい。自害するから、などとは言い訳にもならない。あなたもこの男が罪ありと見なしているのなら、放してやるよりは自害させる方がましな結末だと考えるのが普通でしょう」
襲って来た者がアルマヴィラの民であったこと、その者を許し、放してやろうとすること……アルフォンスにはリッターがこのことで、地下で抱いた不信を更に強めているのが感じられた。即ち、襲いかかって来たのは茶番であり、この者たちは元々アルフォンスの配下なのではないか、という疑いに変わりつつあるのだ。理由を説明出来なければ、そう思われてもおかしくない状況。しかし、この疑いを解かない限り、リッターは二度とアルフォンスの言葉に耳を貸さないだろう。
「きみの言う事、考えている事は尤もな事ばかりだ。だがわたしはそれは誤解だと言うしかない。皆の安全を考え、我々に敵意がない事を示す為に、わたしはこの者達をあるじの元へ返し、それを伝えさせようと思った。きみやスザナの安全の保証の為なら、多少の正義を犠牲にするのもやむなし、と。だが、わたしのやり方ではきみをかえって危険に向かわせるばかりだと判った今、正義から目を背ける必要はなくなった」
「…………」
アルフォンスは捕虜に向かって尋ねた。
「門番の男を殺したのはどちらか」
「私です」
年かさの男が平然と応えた。
「何故殺した? あの男は自分が護る門の中に何があるか知っていたとでも言うのか?」
「いいえ、あれはただの平凡な小役人、この祝賀の夜に運悪く当直にあたってしまい、こんな日にどんな奴が図書館なんかに用があるというんだ、とこぼしていたようなつまらぬ男に過ぎませぬ。しかし、己の罪を知らずとも、罪は罪。秘密を危険に晒した罪は死をもって償わせねば、ルルアの御心に沿えませぬ」
「黙れ! その穢らわしい口でルルアの御名を口にするな。ルルアはそのような狭量な神ではない。悔い改める者には救いを下さる。そなたは聖典を読んだ事もないのか」
「聖典など、ルルアの本質の一部を記したものに過ぎませぬ。我があるじこそ、聖典などよりずっと、ルルアの御心を理解しておられる」
「戯れ言を! 殺した理由はそれだけか」
「勿論、先程申し上げた通り、皆様に警告申し上げる意図もございました。我々とて、わざわざ人を殺したくなどありません。ですが、あの、なんでもない男ひとりの死で、大貴族のお三方が、秘密から遠ざかり、長生きして頂く事が出来れば、それがバルトリアの安泰に繋がり、我々にとってもあの男にとっても、望ましい事でございましょう」
「……そなたの考え方はよく解った。もう一つ聞きたい。そなた達はエーリクの件にも直接関わっていたのか」
「私は此度王都へ派遣された者の頭です。私がグリンサム公殿下に、ルルアのご意志により死の裁定が下された事をご説明申し上げたのです。そして、秘密を洩らせば惨たらしい死が殿下ばかりかご家族にも及ぶ事、もし護って頂ければ、緩やかな穏やかな死が与えられ、罪は許されてルルアの国へ迎えられるだろうという事をも。殿下は黙ってお聞き下さいました。ご立派でいらっしゃいました」
エーリクを脅し、その死の運命から逃れる事が敵わぬように縛り付けた事を、寧ろ何かの手柄ででもあるかのごとく男は語り、微かに笑みさえ浮かべてエーリクを讃えた。
徐々に、膨れあがっていた怒りの波は引いてゆき、代わって訪った苦痛と哀しみが冷静さをもたらしてくれた。己の運命を知らされた時、エーリクは何を思っただろうか……。振り返ったアルフォンスの顔はやや青ざめ、朝の光に取って代わられる前の弱々しい星の瞬きが、黄金色の髪をほのかに暗がりに浮かび上がらせているようだった。
「エクリティス、すまないが剣を貸してくれ」
「何をなさるおつもりなのです」
「わたしがすべき事をだ」
エクリティスははっとしてあるじに言葉を返した。
「何を仰います。王宮の外、王家の管轄地で起こった事は金獅子騎士の管轄であり責任です」
「これはアルマヴィラの民だ。そして我々を襲ってきたのだ。わたしにも権限がある」
「そういう事ではありません。どうしてもと仰るなら私にお任せ下さい。私が皆様をお護りする為にやった事にします」
エクリティスには既にアルフォンスがしようとしている事が解っていた。細かな事情は知らずとも、それが、得体の知れない敵の怒りを増幅させる危険な行為であるという事も。だがアルフォンスは敢えて厳しい声を出した。
「わたしの言う事が聞けないと言うのか。そなたには別の仕事がある。スザナを護衛して先に王宮に戻ってくれ」
「アルフォンス様! お傍を離れるなど……!」
「大丈夫だ、今夜はこれ以上の危険はもうない。警告は受け止めたのだから。ただ、スザナには見せたくない。頼む」
「…………承りました」
こうと決めたら動かないあるじの気質は知り尽くしている。エクリティスは剣帯を外してアルフォンスに渡した。
「なんなの、何をするつもりなのよ?」
除け者にされると感じたスザナが不服そうに尋ねたが、アルフォンスはきっぱりと、
「きみは疲れているし気分もまだ優れないんだろう。もうこれ以上関わり合いになってはいけない。先に帰っていてくれ。夜が明けたら見舞いに行くから」
と言った。
「それは、もう、こんな事はこりごりだけれど……エクリティスを借りてもいいの?」
「ああ、彼がいれば王宮まで危険な事はないさ。だが気をつけて」
「ローズナー公殿下、お腰のものをお預け願えますか。万が一の時に素手では」
スザナは素直にエクリティスに腰のレイピアを渡すと、疲れた様子でそれ以上詮索しなかったが、
「明日何がどうなったのか、聞かせて頂戴ね。わたくしが知っても大丈夫だとあなたが判断した事だけで良いから」
とだけアルフォンスに言い置いた。
「気をつけて、スザナ。また明日お会いしましょう」
硬い表情でリッターが声をかける。
「もうとっくに日付は変わっているのだけどね」
そう応えてスザナはエクリティスを従えて門から出て行った。
「リッター、礼を言う。きみの強い意志のおかげで、わたしは正義を貫く事が出来る」
「なんの事です、いったい。何をして見せようというおつもりなんですか?」
リッターは疑わしげにアルフォンスを見ている。騎士団長の剣を借り、スザナを去らせ、この場にはアルフォンスとリッター、そして賊の二人だけとなった。もしもこの賊がルーン公の配下の者であったら……と想像し、身を硬くしている様子が窺えた。アルフォンスは思わず苦笑した。
「何も心配はいらない、リッター。もう充分だ。思いもせぬ事ばかりが起きて、わたしも動揺していたんだろうな。ルルアが示す道は常にひとつ。正義を貫く事だけだ。それを忘れようとは……」
「何が仰りたいんですか」
「リッター、我々はエーリクを殺したものが何であるのかを知る為にここに来た。そしてそれが判った。この者が全て白状した。それで充分ではないかね?」
「しかしあの鍵は……」
「あの奥にあるものを知ってはならない、これは確かに、伝説の神子の時代から聖都に伝わる禁忌の掟なのだ。だからわたしもあれについては決して知ろうとはしない。きみもそう誓って欲しい」
『扉を開けちゃ駄目』
未来の聖炎の神子が告げたのだ。掟は守らねばならない。
「しかし、それでは結局エーリクが殺された真の理由は判らないままです」
「理由はもう判ったじゃないか。この者たちだ。ルルアのご意志を曲げて語り、罪なき者のいのちを奪う輩……」
アルフォンスはエクリティスのロングソードを剣帯から引き抜き、剣帯を地面に投げ捨てた。そして何の躊躇いもなくその刃を己の左腕に押し当てた。
「何をするのです!」
驚いたリッターが叫び声を上げたが、アルフォンスは微笑して彼を止めた。刃先はかれの白い腕を浅く傷つけ、一筋の線となって赤い血が滴った。