ちいさな恋
「俺、すきな人いるんだよね」
ある日の給食の時間、千羽は
カレーをスプーンで掬いながら
ぽつりとそう呟いた。
「えー、誰?このクラス?」
正直あまり興味はなかったけれど
サラダを口に運ぶ手を休め、尋ねた。
「ううん」
「じゃあ、何組?」
「知らない」
千羽は黙々とカレーを口に運ぶ。
「はあ?あんたすきな人の
クラスも知らないわけ?」
やっぱり嘘か、
そう思ったわたしは再び
サラダを口に運んだ。
「……だって、違う学校」
しばらく黙っていた千羽が
悲しそうな顔をして言った。
「え、そうなの」
口のなか全体に広がっていた
サラダの少しすっぱい味を
動揺と一緒に喉の奥に追いやる。
この場合、どう言えばいいのだろう。
目が泳いでいるような気がして
わたしは千羽を直視できなくなる。
いつも馬鹿にされて、腹が立つのに
なぜかこの時だけはそんな感情は
どこかに消えてしまっていた。
「いつから、好きなの?」
「入学してからずっと」
わたしは思わず目を見開いた。
六年間……
わたしの片思いも、
相当長いものだったけれど、
千羽はそれを遥かに上回っている。
しかも学校が別れてしまった今も
こうして思い続けているのだ。
「すごいね……」
それしか言えなかった。
こんな人を馬鹿にしてばっかりの奴も
その子の前では優しくなったり
恥ずかしくて顔を赤らめたり
そんなことをするのだろうか。
「めっちゃ可愛いんだぜ、そいつ」
隣で聞いていた同じ班の藤原が
千羽をからかうように笑った。
「運動もできるし、性格もいいしね」
わたしも斜め前の席のミドリちゃんも
うんうん、とうなずく。
「へえ~完璧だなあ」
そっと千羽を見ると、自分のことを
ほめられたわけではないのに、
頬を赤くして笑っていた。
見たことがないくらい幸せそうに。
千羽はそのとき、確かに恋をしていた。