彼岸桜
彼岸桜がさわさわと鳴る。季節を重ねて、あるいは重ねることなくこの世を去っていった人達に手向ける香がたゆたう墓所を見守るように、彼岸桜が今年も咲いている。去る人、訪ねる人が、この桜の下を今日は何人通ったのだろう。
携帯用の灰皿に煙草を押し込みながら男性は立ち上がり、身体を少し傾げて着物姿で桶を持って墓所の入り口へ向かってくる女性の方を一瞬だけ気遣うよう見たが、多分そんな彼を見たのはご本尊様だけであったろう。携帯灰皿をジャケットのポケットにしまいながら男性が東屋を出て来た。ちょうどその時に東屋を通りすぎようとした彼女は少し歩調を緩め、東屋の前でお互いに道を譲り合う格好となった。二度、三度、同じ方向へよけた後どちらともなく微笑を湛えた声で「ごめんなさい」とうつむき加減に会釈をして通りすぎた。彼女は着物の裾を少し気にして墓所の方へと向かって行った。
手水舎の水音が大きくなったように聞こえた。お参りを終えた誰かが遠慮がちに鐘を鳴らしている。桶を提げて墓所へ入っていく彼女を見送っている彼は、彼女の帯揚げを見たのだろうか?