彼岸桜

頬杖をついて夕方の情報番組を観ていたけれど不意に思い出して2階へ行く。桐の箪笥の中ほどの薄い引き出し、並べた帯揚げの中に淡い桜色の帯揚げも並んでいて、でも、手には取らずにその帯揚げを見つめる。晴れやかな着物を着た日にも、黒い着物を着た日にも、この中から帯揚げを一枚手に取るたびにその桜色の帯揚げがそこにあった。

明日はお稽古だわ…。

引き出しを仕舞って、階下のお稽古場へ行き、明日のお稽古でみんなに振りをつける踊りのお浚いをする。一手、一手、間をとって、何度も踊ってきた振りの、傾き加減や一歩、肘の張りを、なぞって、なぞって、踊る。

あ、と長い夢から覚めると、居間の方に夫の気配がある。
「ごめんなさい」小走りに居間に入ると、夫はコロッケのお皿を前にしてビールを片手にテレビを見ているのであった。

「ああ、うん。集中してたみたいだったから」

いつもこの人のこの理解に助けられてきた。お味噌汁を温めて、ご飯をよそって、夫にちょびっとだけでも肴になりそうなものを作る。二人でノンビリと夕ご飯を食べながら、その日はもう、彼のことを思い出すことはなかった。
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