ホットケーキ
第十八章 『フライヤー』
菅生さんにフライヤーを渡す時、なんて言おうか考えていた。告白するつもりだから、是非来て欲しい、って言ったら、もう告白しちゃったことになるし。くしゅくしゅと自分の髪を手櫛でまぜっかえす。どうしたいんだろう?彼女と、どうなりたいんだろう?なんどもなんども、同じ事を自分に問う。頭の中で廻り続ける問いはきっと答えなんかなくて、宙ぶらりんのままだ。本当は、もういいのだ。こうやって想い続けてきたこと、それを伝えたいと思ったこと、それをどうやらカタチにして表現できたこと、それだけで案外十分に、少なくとも九分目位は満足していた。でもやっぱりこの写真たちを見てもらって、この写真を撮った経緯を彼女に言葉で伝えるまではこの「作品」が完成しないような、そんな気がした。

実際は意外と簡単だった。フライヤーが出来上がったのをチェックしていると、大沢くんがやってきて横から覗き込み、
「いいですねー」
と満足げに言って、フライヤーの半分を持っていった。事務所で仲間に配った後、クリアケースに大事そうにしまって持ち歩いてくれた。それを仕事先でもさり気なく置いてきてくれる。例の撮影の時もスタッフの皆に爽やかに宣伝してくれた。菅生さんには、自分で渡したいような気がしたけれど、彼女だけに渡す訳には行かないよな、と思ったし、どんな顔していいのか、どんな風に言っていいのか分からないから、それでよかったな、と思った。

自分に少しでも興味があればきっと来てくれるだろうし、義理で来てくれるとしても、それ以上の何を望もうか。来てくれないとしても(それが一番可能性は高いかもしれないが)仕方ない。来てくれなかったんですね、って、あれは、あなたの事を想って撮った写真の個展だったのに、って、いつか言えたらいい。

ところが、撮影の終わりになって、菅生さんがやってきて声を掛けてくれた。多分個人的に話をするのはそれが初めてだった。

「個展、やるんですね。すごい!」

しゃがんで作業していた湖山の後ろから少し屈んで声を掛けた菅生さんは、耳元の後れ毛をかき上げるようにしてフライヤーと湖山を見比べ、少し微笑んでいた。そして、ちょっと照れくさそうに続けた声はあちこちで機材をしまっている物音に消されてしまうのではないかと思うくらい小さな声だったが、確かにその声は「行きますね」と言ったようだった。

「来てください・・・!この個展は僕が君に見て欲しくて…」

湖山が立ち上がってそこまで言った時、彼女はフライヤーを抱きしめるように持って、反対の手で彼を制した。その手は、彼がそれ以上の言葉を言おうとしていることを制しているのに彼を迎え入れている手だった。「分かっています。もう言わなくていい」と、彼女の手がそういっている声が湖山には確かに聞こえたのだった。

「土曜日に行きます。」

彼女は静かに彼に背を向けて仕事に戻って行った。

ひとつに束ねた髪の後頭部に一筋、たわんで浮いている毛が午後の冬の光に光って、まるでそれは天使の羽根がそこに落ちてきて乗っかっているみたいに湖山には見えた。
「ド ヨ ウ ビ ニ イ キ マ ス」

少し離れた窓際に置かれたテーブルを片付けていた大沢くんが手を止めて湖山を見ていた。でも多分湖山は気付かない。湖山が振り向いて作業に戻った時、大沢くんはもう普通に片付け作業に戻っていた。でも、大沢くんの脳天についた「湖山アンテナ」はまだぴぴぴと湖山に向かっていたかもしれない。
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