ホットケーキ
第十九章 『菅生さん』
「教えてくれた人がいて・・・」
「僕があなたを見ている、と?」
「そうです。そう言われてみると、そうなのかもしれないって思っていたんです」
「そう、でしたか・・・」
「あの日、湖山さんの個展のフライヤーを見たとき、思ったとおりの写真を撮る方だなって思いました。まっすぐで、なんていうか、そう、本当に、<まっすぐ>な写真。」
菅生さんはロイヤルコペンハーゲンのカップを持ち上げて、珈琲をを一口、口に運ぶとカップをゆっくりとソーサーに置いた。かちり、と音が鳴った。菅生さんはカップを手で包んだまま、ゆっくりと目を上げて湖山をまっすぐに見つめた。
「もっと見てみたいなと思いました。」
「え?」
「湖山さんの写真です。仕事の写真じゃなくて、湖山さん個人の撮る写真。」
「それは・・・・つまり・・・」
「それは、でも、湖山さんが私に抱いているような気持ちとは違うと思います。その事も、もし、本当に湖山さんが私を見ていてくださって、なんていうか、特別な気持ちを抱いて下さってるなら、ちゃんと言わないと、と思って・・・」
「知っています」
湖山は、それ以上の事を彼女の口から聞きたくなかった。知っている。何もかも知っていて想い続けてきたのだ。湖山はしっかりと彼女の目を見据えた。こうやって彼女を見ると、菅生さんはとても気の強そうな目をしていた。
「2年前、あなたをデパートの屋上で見ました。最初、あなただとは気付かなかった。綺麗な人だな、と思いました。小さな女の子が、あなたとそっくりな笑い方をする少女が屋上の遊具とあなたのところを行ったり来たりしていた。娘さんだなって直ぐに分かりました。その子を見つめるあなたの目や微笑や、その子を抱きしめるあなたの腕や、僕は、なぜなのかすごくあなたに惹かれて、その日からずっとこの二年間想い続けて来たんです。どうしてなのか分からないんだけど、自分でも、本当に分からないんだけど、ずっと。可笑しいでしょう?あなたのこと何も知らないのにね。」
湖山はそこで一息入れた。それは、その先を続けていいかどうか躊躇ったのではなく、自分の気持ちをしっかりと伝える為の一瞬の充電だった。
「あなたが誰のものでも構わないんです。先の事なんて、どうでもいいんです。どうしようもなくあなたに惹かれて、あなたが今ここにいたらと想いながらシャッターを切った写真が今回の個展の写真になりました。その事を伝えたかった。」
伝えられた。これでいい。任務完了。湖山は大きく息を吸って大きく息を吐いた。やっと、微笑むことができた。その微笑につられたように、菅生さんも微笑んだ。
「ありがとう。本当に、ありがとう。そんなこと言ってもらえるなんて私、本当に女冥利に尽きますね。」
そういって菅生さんは笑った。そして急に真面目な顔になって言った。
「きっと、何かがシンクロしたんですね。うまく言えないけど、私にも、湖山さんにも、共鳴しあう何かがあったのでしょう。だから私は、湖山さんの写真に魅力を感じたのかもしれない。それなら、納得できます。」
菅生さんは冷めたコーヒーを一息に飲んだ。カップをソーサーに置いて菅生さんの小さな細い手が、ソーサーの上のスプーンをゆっくりとカップのこちら側に運んだ。
「大事な友人になれるかもしれない人を一人、みすみす逃したくないんです。だから、もし出来るなら…」
「僕があなたを見ている、と?」
「そうです。そう言われてみると、そうなのかもしれないって思っていたんです」
「そう、でしたか・・・」
「あの日、湖山さんの個展のフライヤーを見たとき、思ったとおりの写真を撮る方だなって思いました。まっすぐで、なんていうか、そう、本当に、<まっすぐ>な写真。」
菅生さんはロイヤルコペンハーゲンのカップを持ち上げて、珈琲をを一口、口に運ぶとカップをゆっくりとソーサーに置いた。かちり、と音が鳴った。菅生さんはカップを手で包んだまま、ゆっくりと目を上げて湖山をまっすぐに見つめた。
「もっと見てみたいなと思いました。」
「え?」
「湖山さんの写真です。仕事の写真じゃなくて、湖山さん個人の撮る写真。」
「それは・・・・つまり・・・」
「それは、でも、湖山さんが私に抱いているような気持ちとは違うと思います。その事も、もし、本当に湖山さんが私を見ていてくださって、なんていうか、特別な気持ちを抱いて下さってるなら、ちゃんと言わないと、と思って・・・」
「知っています」
湖山は、それ以上の事を彼女の口から聞きたくなかった。知っている。何もかも知っていて想い続けてきたのだ。湖山はしっかりと彼女の目を見据えた。こうやって彼女を見ると、菅生さんはとても気の強そうな目をしていた。
「2年前、あなたをデパートの屋上で見ました。最初、あなただとは気付かなかった。綺麗な人だな、と思いました。小さな女の子が、あなたとそっくりな笑い方をする少女が屋上の遊具とあなたのところを行ったり来たりしていた。娘さんだなって直ぐに分かりました。その子を見つめるあなたの目や微笑や、その子を抱きしめるあなたの腕や、僕は、なぜなのかすごくあなたに惹かれて、その日からずっとこの二年間想い続けて来たんです。どうしてなのか分からないんだけど、自分でも、本当に分からないんだけど、ずっと。可笑しいでしょう?あなたのこと何も知らないのにね。」
湖山はそこで一息入れた。それは、その先を続けていいかどうか躊躇ったのではなく、自分の気持ちをしっかりと伝える為の一瞬の充電だった。
「あなたが誰のものでも構わないんです。先の事なんて、どうでもいいんです。どうしようもなくあなたに惹かれて、あなたが今ここにいたらと想いながらシャッターを切った写真が今回の個展の写真になりました。その事を伝えたかった。」
伝えられた。これでいい。任務完了。湖山は大きく息を吸って大きく息を吐いた。やっと、微笑むことができた。その微笑につられたように、菅生さんも微笑んだ。
「ありがとう。本当に、ありがとう。そんなこと言ってもらえるなんて私、本当に女冥利に尽きますね。」
そういって菅生さんは笑った。そして急に真面目な顔になって言った。
「きっと、何かがシンクロしたんですね。うまく言えないけど、私にも、湖山さんにも、共鳴しあう何かがあったのでしょう。だから私は、湖山さんの写真に魅力を感じたのかもしれない。それなら、納得できます。」
菅生さんは冷めたコーヒーを一息に飲んだ。カップをソーサーに置いて菅生さんの小さな細い手が、ソーサーの上のスプーンをゆっくりとカップのこちら側に運んだ。
「大事な友人になれるかもしれない人を一人、みすみす逃したくないんです。だから、もし出来るなら…」